正月の歌を唱って

 今日は、今年最後の訪問看護があり、母は床ずれの手当てのあと、看護士さんが、ハーモニカーを吹いて、いっしょに正月の歌を五曲もうたった。
 体のケアだけでなくて、心のケアもしていただいて、ありがとう。
 床ずれは、残念だが、また後退している。早く、治ればいいなと思う。
 
 
 

少しずつ良くなるかも

 母の床ずれは、週三回の訪問看護と、週三回の通院で薄皮がはがれるように、少しずつ傷口がきれいになっている。ふつうの傷の手当てでは、出血がとまり、傷口がなおれば安心なのだが、床ずれは、まず傷口の洗浄をして、なかのばい菌を洗いだし、新しい皮膚の再生ができるようにすることが肝心なのだと、手当てを見ていて、いい勉強になった。 
 二週間がすぎたが、まだ完治していない。しかし、やはり確かに傷口のまわりの皮膚は、きれいなピンクになっている。あとは、本人が体位を変えて寝るという努力も大切。
 以前よりも、少しだが、意識しているようだ。早く、完治すればいいのだが。
 それにしても、いろいろな看護婦さんがみえて、健康管理もしてくれて、これを怪我の功名というのかもしれない。
 
 

床ずれで訪問看護利用

 先月からの床ずれの手当ては、傷口の消毒をして、薬を塗り、バンソウコウを張ってという手当てであった。
 すこしずつ、治りかけたと思っていたら、またすりむいて出血をしてしまった。昨日、近くの病院で見てもらったら、先生が「介護保険を使っているのなら、訪問看護を利用しましょう」ということになり、週3回は、訪問看護に来てもらって、床ずれの手当てをし、あとの3回は、通院ということに決まった。
 今日、看護士さんが来て、母の床ずれの手当てをした。まず、患部は、お湯で洗ってから、ガーゼに薬をつけて、バンソウコウを張る。下にビニールとタオルをひいてから、患部には、コップにほんの少しのお湯で流すようにする。大切なのは、患部にばい菌をつけないこと。シャワーで流してもよい。
 床ずれといのは、寝たきりのお年寄りばかりでなく、一日座っている人のお尻にもできるとのことだ。母のばあい、尾てい骨のあたりがすこし出っ張ってしまうので、当たるのだろう。原因は、一部に重量がかかるという点。体位を変えるように、気をつけることが大切。
 今回の措置で、母もまわりの協力がうれしいらしく、「気をつけるわ」と言った。家族だけだと、なかなか本人は、事態の重大さはわからなかったので、かえってよかった。
 こんなところで、介護保険が役に立つとは、驚きと感激である。
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相談相手を間違えている

 今日、たまたまテレビの電話相談を見ていたら、「認知症の夫について」の相談があった。夫は、78歳で、自分は75歳。嫁いだ娘がいるが、夫と二人暮しで、面倒をみている。
 話を聞いていくと、物忘れはあるものの、性格はおとなしく、暴力も変な行動もない、食事、風呂、トイレも一人でできる。ただ、自分も体を壊しているので、週一回のディサービスに夫がひとりではいかないのが、悩みであり、相談であった。
 夫は、妻がいないと自分は生きていけないといつも思っているためもあり、片時もそばを離れたがらないらしい。確かに、聞いていると「夫に愛されて、幸せではないか」とその司会者の言うとおりにも、受け止められる。しかし、その人は、「そうですかね」と受け入れられない。
 私も、母が人から見れば、もっとひどい症状の人がいて、「あなたは、幸せよ」といわれても、そうですがとは思えないのだ。いつも、片時も目が話せないという状態がどんなに苦痛か、やってみなければわからない。
 その司会者も、自分の母が認知症でもっとひどかったが、家族で面倒を見てあげたと言っていたが、「ひとりで見た」のではないのではないか。この場合、ほかの家族が時間の許すかぎり、その夫のディサービスに付き添うようにしてあげるなり、他になにかよい方法を見つけられるようにケアマネと相談すればよかったのだ。
 その人に、必要なのは、「あなたは、幸せですよ」という言葉ではなくて、具体的な心身が休める時間なのだから。