動作は、よくなっているが

 [ディサービス記6/26]

  母は、薬が半減して、確かに体の動きはよくなっている。しかし、自分では、その自覚はないようだ。まだ、心の中では、昔のままらしい。
  無意識の動作は、とてもスムーズになった。たとえば、鼻をかもうとすると、さっと椅子から立って、離れたところにあるテッシュをもってもどる。
  ところが、意識している動作は、まるで呪文がかけられたように、のろのろとやる。速く動けないと自分で自分に言っているかのように。
  今朝も、ひとりで食事も済ませ、薬を飲んだあと、急に、呪文がかかったように、重たそうに椅子から立ち、部屋を出ようとして、じっとなにかを考え、それから、振り返り、「今日、いけないわ」と言い出した。そして、急に、足が動けなくなったような様子をみせた。
 ところが、私も夫も、つい一分前まで、ひとりで、食事をし、お皿まで洗っている母を見ている。足も手もしっかりと動くし、どこも悪くない。
 夫は、「無意識だと体はちゃんと動くのだから、体は悪くないのだな」と言った。
 これが、心の病なのだ。この一部始終を見ていないと、きっと理解できないと思う。
 こういうことが、よくある。これを、わざと芝居していると思うと大間違い。本人は、芝居ではなく、本物なのだ。
 私が、母に言ったのは、「大丈夫。歩けない人もちゃんといける所だから。なんの心配もないから」母は、まだ「歩けない」という呪文を唱えたが、私の呪文のほうが効いたらしい。
 母は、そのあと、結局、時間がくると、迎えの車にしっかりと乗り込んで行った。

 帰宅した母は、「うつ」が消えていた。(梅雨の晴れ間のように)
 「なぜ、朝行きたくないなんて言ったの?」と聞くと、
 「なぜかしらね。」という返事。自分でも、わけがわからない。「行ってよかったでしょ」
というと、大きくうなづいて「そうね」という返事。表情もいい。
  今日は、歯科衛生士が歯磨き指導もしてくれたらしい。指導計画書が入っていて、本人の同意のサインを記入してくださいと連絡帳にあった。すぐに、母にサインしてもらった。


庭の八重くちなし


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バランス感覚は薬の影響

[通院日、訪問看護記6/21]

  今日は、母の精神科の通院日。朝から雨で、すこし遅れて病院に着いた。また、運悪く、先生が外来の診察中、入院患者の急変で、二度も病棟にいくことになり、約2時間半も待つことになった。
  母の薬の減量の経過を報告し、先日、看護士さんが、薬の影響で、バランス感覚がわるくなっているのではないかという話をして、先生に聞いてみた。
  「ええ、影響がでますよ。」とのこと。
  近頃、ますます、歩くのがいやになったということなどを話すと、「それでは、夜も減らしましょうか」とのこと。
  一応、先月は、朝の薬を減らしたが、ほとんど悪い症状は出なかったし、今は、朝起がけのとき、体が動かないとよく訴えるので。おそらく、それは、昼間の量は、軽くなったのに、夜が重いからで、急に変わるから、余計、つらいのだろうと。
  結果として、リスパダール1mgを朝夜二回という形になった。その他の薬は、変わらず。

  夕方、いつもの看護士さんが訪問されて、この件を報告した。また、今日からしばらく、毎週、看護学生さんがいっしょに実習に来ることになった。精神科を希望しているらしく、あまり、実習先がないので、うちが協力することになった。母も、人のお役にたつのだから、いいことだ。
  ずっと、「うつ」だった母は、ふたりの訪問で、にこにこして、歌をうたったり、英語を覚えたり。そのあと、ちょっと渋ったが、外を散歩した。
  それを見ていて、こうして、薬を減らしていけるのは、看護士さんたちのメンタルケアがあるからなのかもしれないと思った。やはり、心の病気は、薬と人のケアの両輪が必要なのだとつくづく感じた。

八重くちなし

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歯みがきしているだけ


 [ディサービス記6/19]

 母は、まだ「うつ」のトンネルは、ぬけていないようだが、なぜか、今朝は、がんばって起きて、ひとりで食事もすませ、薬を飲んだ。その後、部屋で身支度をしているときに、私が部屋をのぞくと、「体が動かない」と例のきまり文句を言った。
 しかし、その後も母は、横になるでもなく、ちゃんと、もっていく手提げの布袋を玄関先に出し、車を待っていた。
 ヘルパーさんも、「体が動かない」や「歩けない」というが、言ってしまうと、なんかすっきりするのか、その後は、さっさっと体を動かし、歩くという。私も、以前は、いちいちそのせりふを聞くたびに、あれこれと励ましたりしていたが、その必要はないようだ。
 どうも、理解ができないものの、私たちも、「ぐち」を聞いてもらうと、気持ちがすっきりするのと、同じなのかもしれない。その「ぐち」に対して、あれこれと説教されると、かえって気分が悪くなることもあるから。

 今日は、ディサービスで、口腔ケアがある日なので、歯ブラシを持参させた。
 帰ってから、どんな様子か、母に聞いてみた。
 「みんな、洗面所で歯磨いただけよ。」
 「なにか、指導されなかったの?話かけられなかったの?」
 「なにも、ない」
 面接指導してくれるということだと聞いていたのだが、これでは、様子がまるでわからない。母の場合、歯科衛生士がみんなになにか言っても、耳が遠いし、聞いてない可能性もある。だから、「面接」ならば、いいなと思っていたのだが。
 さっそく、連絡帳にこのことを書いて、様子を知らせてもらいたいと伝えた。それから、「うつ」状態なので、話かけてくださいと。そうしないと、まわりに関心がないので、なにも聞いてないから。ただ、まわりにあわせて、やっているだけで。
 
 今日は、母の部屋の掃除をして、タンスの中の整理もした。これから、着る夏物を目のふれるような配置でタンスにしまった。肌着も、ぐちゃぐちゃなので、半袖が見つからないと、長袖を着るので、これも、目につきやすいようにして。母の場合、「捜す」のがおっくうなので、タンスあけて、目につくところにないと、もうあきらめて、「着替えがない」といって、いつまでも、同じ服を着る。整理したら、タンスから私の倍のTシャツが見つかった。この夏は、困らないだろう。




オリエンタル系ゆり


 
 

梅雨時は、「うつ」なのか


 今日は、母は一日部屋にいて、ふとんのうえに横になっている。
 いまは、気圧が上下していて、健康な人でも、体が重たい感じがする時期だ。
 母の場合は、まさに今は、心も重たくて、体も重たいから、仕方あるまい。
 家族としては、こんな時期は、かえって体を少しでも、動かしてもらいたいと、あれこれとやってみるが、これが果たしていいのかなと思ってしまう。
 「うつ」は、心の風邪という。普通、風邪ひいていたら、「働け、働け」と言ったりせずに、ゆっくりと休めというから。
  というわけで、母には、「床ずれにならないように、気をつけて」と寝姿勢を注意して、今日は、なにも言わずに、好きにさせた。
  このところ、毎日、励まし、外を付き添って歩いたり、体操したが、確かに体のためには、いいけど、「心の風邪」には、よくないのではと思ったからだ。
  こっちも、心の休息が必要だから。
 
 

バランスが取りづらいのではないか

 [訪問看護記6/14]

 今日は、母がこのところ毎日、「歩けない」というので、体操をしていることを伝えた。看護士さんが、いつものように母を連れて、歩かせてくれ、帰ってくると、
 「どうも、おかあさんは、バランスが取りにくいのではないでしょうか。それで、よろよろしてしまうので、よけい自信をなくして、歩けないと訴えているようですね。それから、精神薬のなかには、バランス感覚が悪くなる作用があるものがあるので、その可能性もありますね。」
 薬の可能性は、もちろん私も認める。今の薬よりも、以前のほうがもっとひどかった。それでも、10年ぐらい前まで、母の歩行はべつに問題がなかった。だから、筋力の衰えと薬の関係は、否定できない。ただ、同じ薬をもう二年飲んでいるが、うつでないときは、本人の足取りも軽いし、足運びもいいのである。
 当面は、足の体操を続けるのが、いいのかもしれない。
 年をとると、精神薬は、量を減らしていかないと、こんどは、体が動かなくなってしまう。しかし、どの程度減らせばいいのかは、ほんとうに難しい。これは、医師もいつも言っていることだ。
 まぁ、あまりあせらずに行こうと思った。



花菖蒲(植物園にて)



 
 

足の体操をして

[ディサービス記6/12]

 今朝は、母は7時まえに起床して、ひとりで食事をし、薬を飲んだ。だから、まさか私の顔をみるなり、「歩けないから、行けないわ」というとは予想もしなかった。
 顔色もいいし、手足にもふるえもない。体は、どこも悪くないのに、心がブレーキをかけているのだ。このごろ、この状態が続いているが、いつもは言葉で説得をしたりしていた。
 今朝は、実際に母とふたりで足の体操をして、大丈夫だということを証明したほうがいいと考えた。
 部屋の中で、いくつか母とやってみた。
 1.両手を挙げて、ばんざいの格好で深呼吸4回。
 2.両手の指を組んで、手首を反転させて、前に突き出す。ひっこめる。
 3.ゆっくりとしゃがんで、そのまま起きる。4回。
 4.片方の足を一歩踏み出して、前に重心をかける、その足をもとに戻す。左右4回。
 5.家の階段の上り下り、一往復。てすりを使って。
 6.背筋を伸ばして、歩く。何週かする。
 これだけのメニューを全部こなしたのに、まだ「歩けない」という母に、最後は、庭に連れ出して、ちょっと段差のあるところも歩かせた。まったく、問題なし。
 いつも、外を歩いているときは、背が曲がり、しかもあまり意識をもたずに、ぼーとした表情で歩いている。その上、「自分は歩けないのだ」と思って歩いているのだろう。庭の階段は、三段ぐらいだが、植木があるので、注意が必要だ。そういう場面では、母の足は、実に正確に運んでいた。私は、ずっとそばで見ていたが、なぜ、こんなにできるのに、認めようとしないのかと理解できなかった。
 これが、精神障害者というものなのかもしれない。本人の心にある「ブレーキ」がどうしても、ついてくるのだ。それを、取り除くのは思った以上に大変だ。
 「低空飛行でいいよ」というあの言葉は、そうした患者には、心のブレーキをゆるめる働きがあるのかもしれないな。
  母は、その後、いつものように進んでディサービスに行き、楽しそうな顔をして戻ってきた。また、明日も心のブレーキがかかるかもしれないが、低空飛行でいこう。




孔雀サボテンが咲きました



 
 

低空飛行で生きる

 「ぜんかれん」5月号に精神医蟻塚亮二さんの記事がある。うつ病と統合失調症の治療と回復について、これから毎月連載がはじまるとのこと。
 第一回目は、「低空飛行で生きる」であった。
 ちょうど、母の病状がうつ状態に入り、わかっていても、なにもしないで寝てばかりでは、ますます足腰が弱り、歩けなくなるのではと心配していたところだった。とはいえ、あまり毎日「がんばって歩こうね」と説得するのも、ほんとに本人のためになるのか、疑問に思っていた。
 家族というのは、どうしても、「いまよりも、よくなってほしい」と願うもので、それは決して悪いことではないが、反面、大切なことも見落としてしまいがちだ。
 この記事を読んで、私は「背伸びしないで低空飛行の生活に切り替えることが治る条件だ」という言葉にはっとした。先生は、患者に「生きるってえのは低空飛行でいいんだよ」と言っているそうだ。生きることに関して一番大切なのは、「なんのために生きるか」とか「どう生きるか」にあるのではなく、「生きるというそのもの」にほかならないというのです。
 特にいつも「べきであるべきだ」という「べき人間」からいかに脱出するかが大事ということだった。といって、目の前の問題から逃げるということではない。それらの問題に向かいながら、低空飛行でいけばいいのだ。
 考えてみれば、母の一番ひどい状態の時からすれば、今はまるで奇跡のような回復ぶりをしているのに、私は、ほかの年寄りと比べてしまっていた。私も「べき人間」になっていたのだなと気づいた。
 低空飛行って、大量の燃料を使って、ジェット機のように速く高くは飛べないけれど、その分墜落も少ないとのこと。先生は、患者さんだけでなく、この生き方が心の病を予防する方法だという。私も、これからは、低空飛行でいこう。

庭のホタルブクロです
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うつ状態のようだ


[訪問看護記6/7]

 いま、母はどうもうつ状態のようだ。先週から、薬の減量をはじめ、やっと体も慣れたのだが、毎朝、起床後坐りこんで動こうとしない。それが、一時間近く。
 家族がみな起きたあと、パン皿を並べる音を聞いて、食堂に出てくる。じっと、その様子を見るが、手伝おうとしない。「牛乳出して」というと、急にわなわなとふるわせて「体が動かない」という。それまで、そんな様子もないのに。
 こんな調子で、看護士さんが午後訪問した。午後は、比較的元気な顔をしていた。
 私が、母の様子を手短に説明し、そのあと、看護士さんに健康チェックをしてもらい、歌をうたってから、そとに連れ出してくれた。
 帰ってくると、「今日は、やはりあまり元気がないですね。歩き方もよくなくて、姿勢がわるいのか、不安定でした。途中で、足の裏が痛いというので、引きかえしたのですが」とのこと。看護士さんが、母の足の裏に魚の目でもできているのかなと思って、診てくれた。
 「痛いところは、どこですか」
 「どこも、痛くないです」と母は、けろりとしてる。
 以前も、同じようなことがあった。なにか、やりたくない、したくないから、そういう風に言うのか。そのときは、本人は、そう感じたのか。
 看護士さんも、私の説明にちょっとびっくりした様子だった。
 実は、「ぜんかれん」の会誌の中で、そういう患者の例を読んで、ようやく、母もこれなのだとわかったのだ。幻覚の一種なのだそうだ。
 英語は、一応、看護士さんとやっていたが、今日は、ちょっといつもと違って、やる気はなかったようだ。
 母の場合、発病当初は、「うつ病」だったとのこと。統合失調症と「うつ病」の区別については、「ぜんかれん」の会誌で述べられていたが、非常に難しいらしい。担当医師にもよるし、精神科にかかるか、心療内科で違ってくる。
 統合失調症のはげしい幻覚や錯乱などの症状が出てくると、ひとつの判断材料となるらしい。だから、母のように、急性期でない患者は、うつ病によく似た症状をもっているのである。
 うちの母も、「躁鬱」を定期的に繰り返している。ノートをつけていると、それが、はっきりとわかる。今は、完全に「うつ」のようだ。
 ある医師が「躁鬱病」は、心の「風邪」と言っていた。だから、家族があまり、一喜一憂しないようにしなければいけないらしい。これが、難しい。

スカシユリが咲きました

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薬に慣れてきたようだけど

[ディサービス記6/5]

 母は先週金曜日の朝から、手足の振るえがなくなり、すこしずつ薬に体が慣れた様子だったが、心の方は、相変わらず「体が動かない。外を歩きたくない」の状態で、マイナス思考のままだった。
 今朝は、一応起きたが、やはり自分は、「からだが動かない」といって、部屋に坐っていた。しかし、そういいながら、自分の部屋のサッシは、開けたし、顔もひとりで洗って、着替えもすませていた。
 しかし、そこまでで、そこから食堂にいって、いつものようにカーテンをあけ、カップとお皿を出すのは、しない。家族がしてくれるのを待っている。
 自分ができるということを認めようとしないようだ。
 それでも、食事はいつもどおり済ませ、薬ものんで、迎えの車がくるまで待っていた。そして、私が二階で洗濯物を干してもどると、玄関の靴はそろえてあり、もっていく布袋も置いてあった。「体が動くのにね」と思わずため息が出た。
 今日は、口腔機能の訓練と歯科検診があり、母はいつもよりもやることがいっぱいで、帰ってくると、「はぁー、疲れたわ」と言っていた。でも、顔は、よい表情。
 私も、この一週間、毎日母のマイナス思考をなんとか少し持ち上げようと、話をしたり、気をつかってきたので、日中一休みできて、ほっとした。
 今後は、母がどう変化するかだが、すこし時間がかかるかもしれない。



写真は、我が家のアフリカンサン(月見草)です。



 
 

いつもの看護士さんと


  [訪問看護記5/31]

 二週間ぶりに、いつもの看護士さんが訪問された。
 母は、相変わらず、朝は起きてしばらく「体が動かない」といって、坐っている。朝食のときも、パンを袋から出して、じっとしてかたまり、しばらくして、それを皿にのせたりと、ひとつひとつの動作が遅いうえ、一休みがある。
 見ると、手足とも、ふるえている。以前も、あったが、最近は、ほとんどそういう症状はなかった。薬の影響は、もうしばらく続くだろう。
 午後、看護士さんにこれまでの経過を話した。
 「体が前よりも、動かなくて大変ですか」と看護士さんが母に聞くと、
 「そうでもないです」と答えた。本人は、もう忘れているのか、それとも、それほどつらいと思っていないのか。
 午後になると、体も動くので、朝だけなのかもしれない。
 その後、いつもどおり、看護士さんに健康チェックしてもらってから、外を歩いた。
 帰ってくると、看護士さんは、「やはり、以前よりも、足の運びが悪いですね。」とのこと。新しい薬の量に体が適応するまで、仕方あるまい。
 それでも、今日も英語の文章をひとつ覚えた。すぐに忘れるかもしれないが、短い時間に覚えて、看護士さんが「お母さん、言ってみて」というと、すらすらと言えるので、すごいなと改めて感心した。
 脳というのは、ほんとに細かく分かれていて、ある部分は、機能が低下していても、ある部分は、ちゃんとまだ機能しているのだなと思う。だから、いろいろ試して、本人がまだできるということをみつけることも、とても重要なのではないかと思う。
 もし、看護士さんが、母のそういう面を見つけてくれなかったら、私は、母に対してまったく「期待」をもたずにいただろう。母にしても、自分は、もうだめだと思っていた。英語がまだ覚えられるという事実が母の心にいい影響を及ぼす可能性が出てきただけでも、私にとっては、「癒し」になるのだ。

わが家の夏椿
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