介護保険利用して1年

  早いもので、介護保険を利用して、一年たちました。
  この一年間を振り返ってみると、はじめの期待とは、ずいぶんずれがあるなと思いました。
  私が、一番してほしかったことは、精神障害のために、ひきこもりの母の足腰がこれ以上ひどくならないようなサポートでした。介護ヘルパーには、つきそって、自分の部屋の掃除をすることで、身の回りのことに関心をもたせ、普段でも少しできるようになること。近くのコンビニまで買い物に付き添い、歩行訓練をして、距離を少しずつ伸ばすことでした。それ以上は、難しいだろうから、これぐらいはできるだろうと思ってました。
  はじめは、週二回各一時間ずつのヘルパーの利用からはじめました。
 
  ところが、母をリードすべきヘルパーは、逆に母に振り回され、言いなりになり、部屋の掃除もヘルパーがやり、コンビニへも母がいやだといえば、それに従うしかありませんでした。また、歩く距離ものびることはありませんでした。それどころか、母は、利用前よりも、なにもしなくなり、歩けるのに、「歩けない」とただこねて、結局私の負担が増すという状態になりました。
 私は、ヘルパーに母の病気のことやら、毎日の様子をくわしく説明して、指導しなければならなくなり、「なんのために、利用しているのか」と思うようになりました。

  転機は、母の床ずれで、訪問看護が加わり、私も、ヘルパーだけではだめだと思い、ディサービスを利用することにしたことでした。
  ディサービスを利用することで、毎週一回スイッチの切り替えができて、生活にリズムが生まれたことは、よかったことです。
  また、訪問看護も精神科の看護士さんなので、母は安心感が生まれ、その後は、医者にかかることも、素直に応じるようになり、数年ぶりに、健診をうけたことは、大きな進歩でした。

  この一年で、つくづく、介護保険の利用というのは、いろいろな問題点が多いと思いました。利用者の病状などに応じた、体制でないと、だめなのではないかと思いました。
  母の場合、認知症とも違いますので、ヘルパーもそれなりに研修をうけられる体制を整え、心の病の患者のケアに適したプランでなければ、利用する意味がないし、かえって、悪化させる場合もありうることを知るべきではないかと思います。
  つまり、箱だけ作っても中身がみな均等では、だめだということ。本当の目的は、その患者が利用することで、良くなる方向に向かうことなのだから。
  もっと、現場の声をひろって、よりよいものにしょうという考えがないと、介護保険が、ただの箱物になってしまうのではないでしょうか。
             

 
 

汚した時は、言ってほしい

  [訪問看護記7/26]

  暑い日なので、母はもっぱら室内で、いつもの健診のあと、糖尿病について、看護士さんから、詳しく説明してもらっていた。
  看護学生さんの実習も今日で終わりということで、どうでしたかと私に感想を聞かれましたが、やはり、私としては、母の反応が一番正直だなと思った。いろいろと話かけてくれたが、ほとんどわかってないのに、うなづいていたようだったし。一方、いつもの看護士さんの一言一句は、母にはしつかり伝わっていた。
  ただ、そういうことは、いえないので、「いつものと違う方に接して、よかったのではないでしょうか」とだけ言った。いい看護士さんになってほしいので。
  
  [朝からばたばたしていた母7/27]

  今朝、6時すぎに、母が起きる物音がした。一階の母の足音が聞こえ、外に出て、また、戻ってくる音がした。
  私は、いつものように7時すぎに下におりて、母に「外に出てなにをしてたの?」と聞いた。
  「外に出てないよ」
  「玄関のロックが外れているよ」この押し問答のあと、私もいいかげんあきらめたころ、母が「パンツ汚したから、外で洗ったの」と言った。
  いつも、外の散水栓でパンツ汚したら洗っているので、「そう」といって、私は、洗面所に行った。
  顔を洗おうとして、ふと、足元のマットを見ると、茶色のしみがついていた。間違いなく、ウンチだった。拭いたあともあり、ちり紙がくずかごに入っていた。
  それで、母に問い詰めると、どうも、昨日の夜、風呂あがりに、ぽろっと落ちたらしい。そのまま、だまっていたのだ。
  叱られると思ったのは、よくわかるが、私が知らないで、踏んづけて、あちこちを歩き回ったら、家の床が汚れるので、「黙っていて、良いことと悪いことがあるんだからね」と母には言っておいた。

  そういえば、以前も、トイレで粗相して、自分で拭いて、ごまかしていたけど、きれいになってなくて発見したことがあった。自分でわかっているのだから、ちゃんと言ってほしいのに。
  朝から、疲れてしまった。
 
 

少し体の調子がよくなる


[ディサービス記7/24]

 先週、血糖値を下げる薬を飲み始めてから、母は寝起きがよくなる。朝、起きてから、洗顔し、リビングのカーテンをあける。私が、食卓に「朝食のまえに糖尿の薬をのむこと」というホワイトボードを置いてあるので、それをみて、必ず守って食事の前に血糖値を下げる薬を飲んでいる。
 それから、朝食を食べて、いつもの精神科の薬を飲む。
 いままで、朝は、私の顔をみると、まず「体が動かない」を言っていたのに、あれから一度も聞かない。
 やはり、以前は、血糖値の高いことも、かなり体調を悪くしていたのだと思った。
 というわけで、ディサービスへも、自分ですべて支度して、時間まで待って、迎えの車に乗って出かけた。
 ただ、その日、帰りに、送ってくれた職員は、「今日は、歯磨きされましたよ」と言っていたのに、本人に聞くと、「今日は、していない」とのこと。
 なんでも、全員が毎回歯磨き指導されるわけではなく、呼ばれた者だけらしい。今日は、呼ばれなかったとか。
 先週までは、毎回やっていたようだし、まぁ、どちらにせよ、一応やっていることはやっているらしいので、今回は、いいことにしょう。歯ブラシもってかえるのを忘れてきたことだけ、連絡帳に書いておいた。
 
 

血糖値が高いので


[床ずれと健診の結果7/18] 
 
 母といっしょに、クリニックに行き、床ずれの治療と健診の結果を聞いてきた。
 床ずれの方は、これまでどおり家で毎日風呂上りに薬をぬって、ガーゼで手当てすればよいとのこと。
 問題は、健診の結果だ。血糖値が空腹時で240ということで、要治療。これまでは、糖尿の薬は飲んでなかったが、今回はグリミクロン錠を処方された。
 朝食前に一日一錠のみ、二週間後また採血してみるとのこと。
 ただ、幸いなことに、ほかは、肝臓も腎臓もすべて正常値。あとは、本人がもうすこし食べる量を減らしてくれればと思った。

[精神科の通院日7/19]

 昨日の健診の結果をコピーして、医師に渡し、糖尿の薬を処方されたという経緯も説明した。先生の見解も、クリニックの先生と同じであった。また、母の精神状態は、今安定していて、薬を減らしたあと、バランス感覚が少しよくなったことも報告した。
 確かに、まだ「うつ」なので、あまり歩きたがらないが、昨日雨のなか、母とクリニックまで歩いていったときも、手をひく必要はまったくなく、非常に安定した歩きになっていて、びっくりした。

[訪問看護記7/19]

 看護士さんにも、床ずれのことと、健診の結果を報告し、健診結果のコピーを渡した。
 糖尿のことで、看護士さんは母にいろいろと話しをしてくれ、また、これから、毎回、わかりやすく、絵などをかいて、食事のことなどを指導しましょうといってくれた。
 私も、これまで可能なかぎり、母の食べる量や食事のことは言って聞かせていたが、本人は、どうも、あまり深刻には受け止めていないらしく。「食べたいものを食べたいだけ食べる」という姿勢を変えなかった。
 とはいえ、それでも、今は、甘いものや油濃いものを食べなくなっただけ、進歩している。まだ、時々暴飲暴食するが。
 問題は、運動不足だ。「うつ」のため、ほとんど家の中にいて、トイレと風呂と食事以外はなにもしない。外を歩こうというと、「歩けない」といやがる。
 運動量に見合った食事となると、本人の欲求は満たされないので、無理なのだ。だから、今のところ、打つ手はない。

 
 

床ずれは痛くないの?


 [ディサービス記7/17]

  16日の夜、いつものように母が風呂からあがり、部屋にはいってから、どうも、なにか部屋でやっていて、そのあと、二度ほど独り言をしながら、リビングに来ては、水を飲んでまた戻るという変な行動をした。
  はじめは、いつもの幻聴かなと思っていたが、念のため部屋に行って、様子をみることにした。そうしたら、まず畳みの上に使ったティッシユがたくさん散乱してあり、脱いだパンツがまるめておかれてあった。
 「どうしたの」と聞いて、汗でぬれたので、パンツを取り替えたのかと思い、拾って見てびっくり。野球ボール大の鮮血のあとがついていた。
  すぐに母のお尻をみると、床ずれのところが縦に1cm裂けていたのだ。お風呂に入る前は、なんともなかったのに、薄い皮が裂けたらしい。
  とにかく、すぐに床ずれ手当て用のセットを出して、手当てした。もう、何ヶ月かやっているので、私も手馴れたものだ。
  幸い、翌朝、血はとまり、ディサービスへも普通どおり行ってきた。
  「祝日なので、クリニックへは、明日18日に行くから、今夜はお風呂なしよ」と言っておいたのに、痛みがないためか、夕食後母はすっかり忘れていたのには、びっくりした。
  ケアマネさんとも、以前話をしたことがあるが、床ずれは、痛くないから厄介なのだという。本人が、その傷の存在を忘れてしまうから、なんどでも繰り返す。
  今回は、かなり用心していたのに、突然傷口がさけるとは、思わなかった。ちょうどそこに尾てい骨があるから先生も治りにくいと言ってたとおりだった。
 
 

熱中症に気をつけて


 [訪問看護記7/12]

  まだ、梅雨あけ前なのに、急に猛暑となりました。
  先日、熱中症は、室内にいる年寄りもなりやすく、また死亡数も多いとテレビで知り、すこし認識を変えました。
  母も、へんなところがあり、暑がりのくせに、妙に扇風機などだけで、暑い部屋でがまんしているのです。「今日は、暑いからエアコンつけていいよ」といっても、しなかったり。
  今年は、私が口で言うだけでなく、必要時は、つけておくことにしました。それでも、けっこう夕方になると、自分で消して、窓あけたりしているから。あとは、冷えすぎないように、設定温度のチェックをして。ときどき、すごい低温になっていたりするので。

  昼間、暑かったけれど、わりと元気で、訪問看護の看護士さんともいい感じでした。
  看護士さんには、先日の健康診断の結果を伝えました。あとは、血液検査の結果と検便の結果のみです。
  先月から、毎回来てくれている看護学生さんが、母のために、塗り絵の下絵をたくさん用意してくれてましたが、あれから、ぜんぜん全然手をつけてません。
  「まだ、自分からそういうことができるほど、回復してませんが、一年前は、なにを聞いても、うなづくか首をふるだけで、言葉のやりとりも少なく、人と視線も合わさなかったので、私は大進歩と思ってるんですよ」というと、納得されたようです。
   後半、暑いので、外を歩くのも、いやがるかと思ったら、意外とすなおに、看護士さんたちと散歩にでかけました。
   「歩き方も、前よりもよくなってますね」とのこと。私も、ほんの少しずつだが、バランス感覚が以前よりもよくなったと思っていたと伝えた。
   まだ、「うつ」の日もあるが、ときどき晴れかな。

 
 

やっと健康診断に行った母

 この数年、毎年、市からの健康診断の用紙が送られてきていたが、毎年、激しく抵抗されて、連れていけなかった。
 今年は、看護士さんたちにも慣れ、ディサービスへもいけるようになったので、早々と、看護士さんからも「行きましょうね」と言ってもらっていた。
 
 昨日、母には、明日、近くのクリニックで健康診断を受けるからと説明をし、朝食はぬくようにホワイトボードにも書いて、食卓においておいた。
 今朝、母は7時に起きて、それを見て、ちゃんとしたがってくれた。そのあと、9時まえに、ふたりでクリニックへ行った。

 血液検査の結果は、後日わかるが、今日は、とりあえず、レントゲン、心電図、尿の結果がわかった。
 レントゲン、心電図では、正常。尿のほうは、予想したとおり、蛋白、糖が出ていた。ただ、眼球のほうも見てくれたが動脈硬化などの兆候がなかったので、それほどひどくはないだろうとのこと。
 血糖値は、以前からすごく高かったが、精神病のほうもあり、自分で、食事制限などできなかった。(いまでも、暴食することがあるのに。)ただ、体重は正常範囲なので、最近は聞き分けがよくなったからだと思った。
 問診では、ひどい「うつ」で、認知症の症状も出ているといわれたが、これは、精神科にかかっているので、まだ、認知症ではないようですと伝えた。
 あと、母が自分で検便のための便がとれるか、それだけである。これも、とれたら後日私がもっていく。

 それにしても、母と同じ年のおばあさんたちも来ていたけど、つきそう家族とは、会話があってうらやましい。母は、ひとことも話さなかったから。
 
 

歯磨き指導ありました


[ディサービス記7/10]

 母は、朝は起床してから、着替え、洗顔、食事、服薬をスムーズにこなしていたので、安心していた。そうしたら、その後、急に「着替えができない」「歩けない」と言い出した。
 体の状態は、むしろいままでよりもいいのに、さすがにこれには、まいった。
 しばらく、押し問答があって、そのうち、母は着替えをはじめ、いつものようにリビングに坐って、迎えがくるまで待っていた。
 私が、話かけても、ほとんど反応なし。完全に「うつ」だった。しかし、車が到着すると、自分から進んで玄関を出て、車に乗り込んだ。

 午後4時帰宅すると、連絡帳には、歯磨き指導したとのこと。
 母は、朝とは別人になり、私の問いにも、応じるし、「いろいろと磨き方を教えてくれた」と言った。
 ほんとうに、毎回感じることは、朝と夕方の母は、別人のようだ。中身がすりかわったような感じがする。
 
 

よい幻聴もある

  土曜日の朝、母はいつものように起床後、歯磨きをしていた。
  私は、当然そのあと、いつものように朝食をとるものと思っていた。しばらくして、母は食堂に入ってきて、パン皿が並べてあるのを、じっと見てから、急に自分の部屋に戻っていった。
 「食べないの?」と聞くと、私のほうを振り返り、思いつめたような表情で「ぬくことにした」といった。
  しかたないので、薬だけは飲ませて、本人の好きなようにさせた。
  少し時間をおいて、「どうしたの?食欲がないの?」と聞いてみた。
 「体に悪いから、食事をぬくことにした」という返事。なんとなく、幻聴かなと思ったが今は、そっとしておこう。「朝は、ぬいたから、お昼は食べてね」と言い残して。

  夕方、母の顔色もよくなり、話を聞いてみたら、やはり、朝は、幻聴が聞こえて、「このところ、食べ過ぎて体に悪いので、食事をぬくように」と言われたとのこと。母は、昼はしっかり食べたし、そのあともきちんと食べている。そして、「あんなふうに、たくさん食べるのは、もうやめる」ときっぱり言った。

  正直いって、あの暴飲暴食を毎日つづけられたら、私も、同じことを母に言うなぁと思った。
  主治医が言うように、幻聴そのものが悪いのではなくて、その内容なのだという言葉を思い出していた。こちらも、そういう見方でなんでもかんでも幻聴はよくないとぴりぴりしないで、内容によって、本人にどう対応するか決めたほうがいいと思った。




ハブランサス(レインリリー)



 
 

急にすごい食欲

 水曜日は、雨で「うつ」状態だった母でした。
 ところが、昨日は曇りでしたが、晴れ間も出てきて、いつもよりも動きがいい。
 昼は、自分で、近くのコンビニまで行って、いなり寿司と海苔巻きのセット、おにぎり一個、500mlの緑茶を買ってきました。母は、飽きるまで同じものを買って食べます。いろいろと選んだりするのが、めんどうなのかもしれませんが。
 昨日は、玄関からちょっと歩いて、「歩けない」とヘルパーさんを困らせていたのに、まるで別人です。
 
 私も、「すこしずつ、うつ状態もぬけているのかな」と思ってました。
 ところが、午後二時過ぎ、私もちょっと近くまで出かけようと、母の部屋をのぞくと、いない。玄関においてある靴も消えていた。ただ、部屋にはバッグは置いてあるので、遠くにいってはいない。近くを歩いているのかな。
 「一言、声をかけて」といつもいっているのに。

 しかたなく、私も出かけた。家からでて、しばらく歩くと、20m先に母の後ろ姿が見えた。私は、母を追いかけて、「どこへいくの」と尋ねた。
 「おなかがすくので、買いにいく」との返事。
 むりやり連れて帰っても、しかたないので、「たくさん、買わないでね。少しにしてよ」とだけいって、母はそのままコンビニへ。私は、郵便局に向かった。

 私が家にもどると、母はまだ食卓に坐って、買ってきたものを食べていた。
 なんと、昼のと同じセット。全部同じもの。
 「今日、お昼食べたことを忘れていないよね」と不安になって母に聞くと、
 「覚えている」とのこと。それにしても、量の調整をするとかできないものか。こちらが、カロリーに気をつけていても、これでは水のあわ。
 
 「うつ」も困るけど、「そう」も困る。ほんとうに、こういう場合、どうすればいいか迷う。

クローネンベルグ牧場のラマです

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雨の日はだめみたい

 [訪問介護、訪問看護記7/5]

 今朝、いつもよりも遅く起きた母は、明らかに昨日とは別人だった。また、うつ状態になっていた。
 昼間、私は出かけていて、その間一時間、訪問介護のヘルパーさんがくる。今日は、連絡帳に「訪問時は、たいへん体調がよく、私が掃除をすませ、いつものようにいっしょに買い物に出ようとして、玄関から3m歩いたところで、突然歩けないと言い出しました」とのこと。しかも、母がいつも私たちにするように急に手足を震わせてたので、ヘルパーさんが驚いて、「大事をとり、私ひとりで買い物に行きました」とのことだった。
 完全に「うつ」状態だと思った。

 午後四時、訪問看護の看護士さんにも、この事を伝えた。もう、母は何事もなかったような涼しい顔をしていた。こういう場合は、すべて心からくる症状なので、いちいち騒ぎたてる必要はない。
 今日は、看護学生さんもいっしょに一時間、体の健診をしたり、いろいろと話をしたり、体操をして、心のケアをしていってくれた。
 今日の看護士さんは、いつもの人ではなく、半年ほど前に、「床ずれ」の治療できてくれた人である。帰り際、「以前よりも、表情もたいへんよくなりましたね」と感想を述べられた。
 心の病気というのは、非常にゆっくりゆっくりと変化があらわれる。ずっと、そばにいる家族よりも、たまに訪問される人のほうが、その変化がよくわかるのかなと思った。


赤城山 覚満淵

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「うつ」もそろそろ梅雨明けのようだ

 [ディサービス記7/3]

 今朝、母はひとりで起きて、着替え、朝食を済ませ、薬をのみ、もうほぼ完璧にやった。ただ、一度だけ、私の顔をみて、「体を動かない」という言葉を唱えた。
 朝食後、母はきちんと髪をとかし、玄関にもっていく布袋を置き、自分の靴もそろえ、時間まで車を、リビングに坐って待っていた。
 「うつ」の程度は、まず、身支度を整えるかどうかでわかる。こちらが、言わないとやらない場合は、重症だが、ひとりで全部やれたのならば、だいぶ軽症になっている兆しとみる。
 母は、いつもどおり、車に乗ってディサービスに出かけていった。

 帰宅すると、今日は、歯科検診の結果が入っていた。今日は、歯磨きの指導と、嚥下の訓練などをしてきたらしい。
 母の歯は、上がすべて入れ歯、下は、まだ自分の歯だが、治療した歯もある。結果は、虫歯はなし、ただし、歯垢があるので、よく磨くこと。歯ぐきにすこしはれがある。入れ歯が合ってないのではないか。とのこと。
 入れ歯については、何度か作りなおして、今のがいちばん合っていると本人がいうので、しばらくは様子をみようと思った。歯ぐきのほうは、自覚症状はないらしいが、この半年間、朝だけしか歯磨きせず、夜はサボっていたせいもあると思うので、母にそう伝えた。
 これから、少しまじめに歯磨きしてくれるといいが。
 ディサービスでは、月二回歯科衛生士がきて、チェックしてくれるというので、それで、母が少し歯磨きの習慣がつくといいがと思っている。
 また、訪問歯科診療もするという、パンフレットをもらった。本人が歯科医院にいけない場合は、出張費はなしで、訪問診察してくれるという。いま利用しているところと契約しているらしい。これは、すごく安心だと思った。



滝沢不動尊

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ちょっと息抜き旅行

 28(水)は、昼は、ヘルパーさん、午後4時には看護士さんの訪問もあり、事前にお願いしておいて、私と夫は、半年ぶりに一泊旅行をした。
 このところ、うつ状態だったので、果たしてヘルパーさんや看護士さんの言うことを聞くかどうかは、気になったものの、以前のように幻聴がひどくないので、しっかりしている分安心感もあった。
 実は、一年前からヘルパーさんには、入ってもらっていたが、私たちが家をあける際に利用したことはなかった。去年の秋に一泊で出かけたときも、母にはいろいろとホワイトボードに書置きしておいて、食料も用意してでかけたのだ。それでも、ちゃんとひとりで留守番はできた。
 ただ、今後のこともあり、ちょうど、ヘルパーさんたちの来る日にあわせて、出かけてみたのだ。
  
 私たちは、赤城山のほうに行き、大沼や覚満淵をみて、滝沢温泉に一泊し、翌日は、滝沢不動尊やフラワーパークなどを見て、夕方帰宅した。
 母は、私たちが帰ってきても、いつものように平然としていた。29日は、ヘルパーさんはいないが、ちゃんとひとりでお昼も買って食べ、夕食の分も買っていた。
 「たまには、ひとりでいるほうが、かえっていいのだな」と思った。
 これは、以前からそう思っていたが、どんなにいろいろと言っても、家族がそばにいると、自分からなにかしょうとは思わないからだ。問題は、いないときも、自分からなにかしょうとしないのならば、「うつ」は重症だということで、今回は、どうやら、そうでもないらしいことがわかった。
 
 旅の感想としては、覚満淵は最高だった。風もさわやかでいいし、景色がいい。昭和天皇も訪れたという石碑があり、「やはり、いいところなんだ」と夫と話した。
 滝沢不動尊は、山の中にあり、予想外に歩いた。その道の途中に「延命猿水」というのがあって、お猿さんの手が冷たい水が流れ出て、それで手を洗った。とても、気持ちよかった。





延命猿水