[介護ヘルパー記8/30]
私が連絡帳に、「掃除を母といっしょにお願いします」と書いたので、ヘルパーさんも今日は、母に「いっしょにやりましょうね」と言ったらしい。
はじめ、「できないから、ひとりでやって」と母は言っていたらしいが、いろいろと話をしているうちに、手伝ってくれたとのこと。
ヘルパーさんも、なかなか母とは上手に接してくれているので、うれしかった。
母も、ヘルパーさんのことは、きらいではないらしい。
[訪問看護記8/30]
午後、看護士さんが見えたときに、母が新聞を見ていたことや、今日のヘルパーさんとのやりとりを話した。たいへん喜んでくれた。
その後、健康チェックをしてから、新聞を声出してふたりで読み、それから母を連れて、近くのコミニティセンターの図書室に行った。
帰ってきたときに、「今日は、世界遺産の写真入りの本を二冊見ました。お母さんは、とても興味をもって、いろいろと話をしながら、見てましたよ」とのこと。
それは、すごいことだなと思った。人と会話しながら、本の内容について、あれこれと感想を話すなんて、これまでの母からは想像もつかない。人から話しかけられて、返事することはあるが、自分からしゃべるのはよほどのことだ。
こうした話を聞くにつれ、少しずつ、変わってきている感じがしてくる。
先週金曜日の朝、いつものように朝食後、リビングの椅子に坐っていた母は、新聞を見ていた。私は、はじめ、「日付でも見ようと思っているのかな」と思っていた。
しばらく、家事をしてから、またリビングを覗くと、母は新聞をぱらぱらめくっているのだ。読んでいる風ではないものの、見出しや写真などを見ているのは間違いなかった。
「まぁ、どうせその日だけだろう」と思っていたのだが、それからもときどきそうしているのを見かけるようになった。
まだ、これから先ずっと、母が新聞に関心をもっていくかはわからないものの、ほんとに驚いた。
[ディサービス記8/28]
朝7時すぎに起きて、あとは全部ひとりでやって、迎えの車に乗って出かけた。
乗り込むときも、降りるときも、ちゃんと車中の人たちに軽くおじきをしている。以前は、そういうこともあまりしなかったのに。
まだ、ディサービスでなにをしてきたかということは、自分からは話題にしないが、そのうち、少しずつなにか言うようになればいいなと思っている。
[クリニックに通院8/29]
糖尿病の治療で二週間一回通院しているが、今日は、前回の血液検査の結果を聞いた。
空腹時の血糖値が137に下がった。順調とのこと。そのほか、インスリン抵抗値というのがあって、母はひどくないらしい。ひどいと、治療が難しくなるので、このままの治療で見通しも明るいとのこと。
[訪問看護記8/23]
今日も、猛暑だった。母は、この暑い日々、けっこう元気にしている。夏生まれのせいか、汗かきだが、夏バテをしたことがない。これは、すごいことだと思った。
先週、看護士さんは、「着替えなどに関心をもつこと」「毎日、新聞の表面をみて、日付を確かめること」などをしてくださいねといって、それを紙に書いておいてくれた。
私は、この間傍観していることにして、母の様子を見ていた。
結果は、新聞に関心を示したことは、一回もない。毎日、朝食後リビングに坐って、目の前に置かれている新聞には目もくれず、ぼーっとしているだけ。
着替えも、やはり三日間黙っていたが、毎日取り替えるのは、パンツだけ。その他の肌着や衣類、靴下は言うまで取り替えない。さすがに、この暑いのに、汚れているものをずっと着ているのもよくないので、三日目に着替えさせた。
ヘルパーさんは、やはり掃除を自分ひとりでやってしまう。母は、その間、リビングに坐って待っているだけ。母の場合、これは、「私は、しなくていいのだ」という確信を強めてしまうことにほかならない。
たいへんだろうが、ヘルパーさんには、すこしでも生活感覚をとりもどしたいから、母に手伝わせて、いっしょにやっているということを体験させてほしいと言った。
そうしないと、看護士さんの努力も実を結ばない。
看護士さんは、「時間がかかるけど、少しずつやっていきましょう」といって、今日も、健康チェックのあと、夕立がふったので、散歩には連れ出せなかったが、母と新聞を読み、体操をしてくれた。
看護士さんが、母に「自分で毎日着替えをしてますか」と聞くと、母は「してます」といったそうだ。母の着替えというのは、パンツのことだけなのかと思った。
そんな母に、ちょっとだけびっくりしたことが、あった。
先日、「明日、月曜日だから、迎えの車にのって、いつもの所にいくのよ。」と母に念を押したところ、母が「ディサービスでしょ」と言ったのだ。
二月から通い出して、この数ヶ月、ずっと「ディサービス」という言葉を覚えず、今では、あきらめて、遠まわしの表現で伝えていた私は、びっくりした。
「関心のある言葉」となったから、「ディサービス」を覚えたのか。だから、やはりあきらめないでいこうと思ったのだ。
去年まで、夏は毎日風呂にしないで、シャワーの日も入れていたが、冷房を使うので、血行をよくするには、やはりお風呂だと思って、今年はずっと毎日お風呂にしている。
温度は、41度のぬるめにしてある。それでも、私などは、20分で出てくる。風呂にも長くつかっていられないし、風呂あがったら、体を拭いてすぐに、涼しい冷房の部屋に直行している。
母にも、そうするように毎日言っていたが、ぜんぜん効果はなかった。
相変わらず、一時間も入っている。ゆでたこである。風呂あがりの洗面所は、狭いし、熱気がむんむんして、拭いても汗がとまらない。だから、バスタオルをかけて、すぐ隣の自分の部屋で涼んでねと言っているのに、聞かない。本人は、汗がとまるまで、拭いているつもりだ。
さすがに、あまりにも長いと心配になり、洗面所に行って、母を部屋まで誘導する。
本人も、「わかった」と言っているのに、毎日同じことの繰り返しだ。
血圧も正常で、丈夫なのは、わかっているが、まるで「がまん大会」をしているようだ。
これが、秋まで続きそうだ。
[ディサービス記8/21]
このごろ、すごく順調である。ただ、暑さのせいか、朝は黙ったままだった。
ディサービスでは、午後大正琴をやっているとのこと。でも、どうも、母はやっている振りをしているようだ。もともと、楽器を弾くというのはできないし、興味もないから。でも、楽しいのは間違いない。様子を聞くと、にこにこして答えるから。
歯磨きのほうは、どうなのか?やはり、やっている振りなのかなと思う。
毎日の歯磨きも、朝はやっているが、夜は、気がむくと磨いているようだし。
[精神科通院日8/16]
[訪問看護記8/16]
朝から、台風の影響で蒸し暑く雨が降っていた。午前中は、精神科に通院した。
先生には、血糖値のほうは、少しずつ改善していることを、糖尿病手帳を示しながら、報告した。その他、母の精神状態は安定しているし、手足の動きもよくなってきているので、「特に言うことはないですね」とのことだった。
いつもの薬をもらって、母といっしょにタクシーにのって帰宅し、私は、すぐに出かけた。
午後3時半に、いつもの看護士さんが来られたので、これまでの経過の説明をして、そのあと、看護士さんは母の健康チェックをした。
30分して、看護士さんが母と外へ散歩に出ようとしたら、急に雨が降り出し、中止になる。私と看護士さんは、相談して、母に新聞を読ませようしていうことになった。
母は、何月何日もわからない。というよりも、関心がない。自分の誕生日は、覚えていたが、当日「今日は、何日かわかる?」ときくと、わからなかった。
以前は、新聞の一面ぐらいは、見ていたので、身近なところで、新聞を利用してみようということになった。
あとは、看護士さんと、新聞を声を出して読んだりしたらしい。
「毎日、新聞の一面の日付だけでも、見てねといいました」とのこと。私は、これは、時間がかかると思うが、毎回やるうちになにか変化がみられればいいなと思った。
すくなくとも、いまでは、母は看護士さんがくると、満面笑みをたたえて向かえ、帰り際は、正座して挨拶する代わりようだ。
今日、午前中、母の付き添いで近くの診療所に行って、帰るとすぐ一本の電話が鳴った。
私の友人からだった。彼女は、「あなたがお母さんのことで、救急車を呼んだときの気持ち、自分が体験してみてよくわかったわ」と開口一番言った。
私は、すぐに彼女の身になにか大変なことが起きたのを悟った。
彼女の娘さんは、二十歳すぎだが、高校生の頃いじめにあい、対人恐怖症になり、今は、通院しながら、少しずつよくなっている。だが、父親は、相変わらず「怠け者」という目で見ていて、折り合いがわるかった。彼女も、夫と娘のことで、疲れきっていた。
先週、外から帰宅した娘に、父親は、また威圧的な言葉をかけたらしい。じっと、それに耐えていたが、ついにきれてしまい。彼女は、そのとき、疲れていて別の部屋で休んでいたのだが、台所からなにか娘がばたばたと走りこみ、父親の前で、包丁をもって、わめいたのだ。
それから、ばんばんと包丁をあちこちにたたいて、手首を切ろうとしたらしい。
彼女は、異変に気づいて、娘から包丁を取りあげ、すぐに、通っている病院に電話した。
ところが、病院の応対は、たいへん冷たく、先生が休んでいるから、診察できない。どこかに、入院させたいというと、それも、紹介書は今すぐはむりと要領を得ない。
そうこうしているうちに、娘は突然大声でわめいて、道に飛び出し、地面に張っていた。その様子をみて、すぐに彼女は救急車を呼んだ。
救急車が来ると、娘は失神して倒れていたらしい。タンカーに乗せたまでは、いいが、救急隊員もどうしていいかわからない。
これは、私にはすぐにわかった。以前にも話したが、精神病院の入院は難しい。大きな病院に通院していても、ベッドがあかないと拒否される、ましてや、はじめてだと受け入れてくれないのだ。
彼女の娘は、クリニックに通っていた。だから、こういう場合でも、大きな病院に搬入はできない。
結局、クリニックに行って、安定剤の注射をするという応急手当だけだった。
それでも、彼女には、私の経験がいくらか役にたったらしく。それだけが少し救いだった。
彼女自身、もうくたくたで、しかも、肝心のクリニックの対応などで気力をなくしていた。これから、大きな病院に予約して、診察を受ける予定ではあるが、それまで、娘と自分がもつかどうかという様子だった。
彼女の話を聞いて、私も何度こんな思いをしたんだろうと思った。母が錯乱状態なのに、病院へ電話して、受け入れの承諾を得てからしか連れていけない。ほんとは、救急車を呼んで連れて行ってもらいたいのに。しかも、この前は、一軒目で断られ、途方にくれた。保健所の方が、「以前通っていたところに電話したほうがいいですよ」とアドバイスしてくれなかったら、母はあのまま入院もできなかった。
私は、いままで母の事件のことは、つらい思い出なので書いたことはない。しかし、母の事件から得た私の経験が誰かの助けになるのならと思って、少し大まかに書くことにした。(これから、数回にわけて書くつもりだ)
[ディサヘビス記8/14]
今朝は、起床、食事、服薬、着替え、すべて母がひとりで全部やれました。
私は、掃除や洗濯をしていて、そばにいなかったが、迎えの車がくると、手提げをもって、玄関をでて、ひとりで乗り込んだようです。
こんなに手間のかからないことは、何ヶ月ぶりだろうかと思いました。天気も、晴れだったからかな。
先週末、洗髪をするように言ったが、金曜日は、やると言ってやらなかったが、翌日「来週月曜日、ディサービスがあるよ。きれいにしていったほうがいいんじゃない」と言うと、すんなりといった。
今朝も、普段着のまま行くのかと思って、「着替えたほうがいいよ」と言ったら、「そうするつもりよ」とのこと。それだけ、ディサービスに行くことに関心があるのだ。
普段から、このように身支度ができれば、いいのになと思った。まだ、時間がかかりそうだ。
ただ、最近元気な分、朝、少し幻聴があって、大声でしゃべったり、体を躍らせていたりしている。今のところ、まだ自分でやめられるから、安全圏だが。
お盆だが、我が家は特別なことは、なしである。明日は、母の76歳になる誕生日。
[訪問看護記8/9]
台風7号の影響で、朝から雨でまた蒸し暑かった。そのせいか、母は朝からぼーとしていた。
ただ、ヘルパーさんが昼ごろ来たときは、元気だったとのことで、いやがらずに、いっしょに近くのコンビニにも買物に出かけたという。
今日は、看護士さんとしばらく、母の毎日の生活習慣について、相談した。
この暑いのに、毎日下着を取り替えない。自分の部屋の片付け、脱いだ服を畳むことや、洗濯物を出すことも、言わなければやらない。最近、体のほうも、動くようになって、精神的にも安定しているので、なんとか自分の身の回りのことに関心をもつようにしたい。
私が、すべてやってあげることは、簡単なのだが、このままいくと、ほんとうに「生活感覚」がなくなるのではないか。
看護士さんも、英語をやってみたり、母を図書室に連れていったり、いろいろとしてくれているのは、「ひきこもり」状態を少しでもよくしたいと思っているからだ。
私の話を聞いて、看護士さんは、「いつも、部屋がきちんとされているので、ご本人がやってらっしゃるのだとばかり思っていました」と言って、「これから、声をかけていこうと思います」とのこと。
本当ならば、ヘルパーさんと一緒に掃除をしたりしながら、生活感覚を取り戻してほしかったが、母に聞くと、今のヘルパーさんも全部やってしまうらしい。私でも、なかなか動かない母といっしょに部屋を片づけるのは、私ひとりでやるよりも二倍疲れるので、もう無理はいわないつもりだ。
母とは、相性がよい看護士さんだから、何でも話せるのでほんとうに助かっている。また、本来ならば、「私の仕事ではない」と言われても仕方ない事なのに、やはり、精神障害者のことがわかっている看護士さんでよかった。
このごろ、「うつ」でなくなった母は、マイペースな生活を続けている。
先週急に猛暑になった金曜日は、家から出ず丸一日涼しいエアコンの部屋ですごし、土曜日は、急に思いついたように自分で近所の美容室に歩いて行き、数ヶ月ぶりにカットと髪を染めて帰った。そして、翌日またもや一日部屋の中で過ごした。
私たちからすれば、美容室に行く元気があるのだから、一日一回は外の空気を吸うようにしたほうが健康的ではないか。糖尿だし、医者から運動もするようにいわれているのだから、いくら暑いからと言って、一日部屋に閉じこもり、ごろごろとしているのは良くないと思う。食欲は、いつもどおりあるから、動かないと。
以前ならば、説教を毎日していたが、最近、少し考えがかわった。母は、もしかすると、賢いのかもしれない。ほとんど、本能的に体力を使いすぎないような生活をしているのかもしれない。そのおかげで、母は夏バテもせず、元気なのだから。
[ディサービス記8/7]
月曜日、いつものディサービスも、朝自分で起きて、食事、服薬など全部して、迎えの車にのって出かけた。すごくスムーズなので、驚いている。
とはいえ、この猛暑の夜に、突然薄かけ布団や毛布を出してきて、寝ている。翌朝、「誰が出したのか知らないけど、朝あったのよ」と言っていたり。しっかりしているのやら、ボケているのやら、さっぱりわからない。昨日は、しまってある長袖のパジャマを出していた。あまり、安心してばかりもいられないのかもしれない。
適当な「見守り」というのが、難しい。
先週から、母は完全に「うつ」ではなくなり、毎朝7時まえには、起きて、そのあとも、スムーズだ。ただ、すこし幻聴に反応する回数が増えていた。
今朝、家族がまだ起きてないうちに、母が一番に起きて、一階の食堂でお皿を出している音が聞こえた。そのあと、なんか「騒いでいる声」が聞こえた。
はじめ、私は、通行人がそとで大声でなにかしゃべっているのかなと思っていたが、下から声が聞こえ、ばたばたと足音も聞こえるので、「母だ」と確信した。
すぐに、おりていくと、私が近づいていても、それに気づかずに誰かと大きな声で話しをしている。怒っているのではないが、夢中でなにかしゃべっていて、内容はよくわからない。足をばたばたさせ、踊っているようだった。
まだ、朝の精神科の薬を飲んでいないので、おそらく幻聴のせいだろう。
「声が大きいわよ」と母に言うと、私のほうをふりむいて、やっと気がついた様子。
「なにも、話をしていないよ」という。本人は、いままでやっていることを忘れているかのようだ。以前は、うそをついているのだと思っていたが、どうもそうではないらしい。
幻聴に夢中になると、その間にしていることも、覚えていないのだ。
だから、錯乱状態になると、完全にその間の記憶がなくなる。まわりは、あれほど派手にいろんな行動をしているのに、どうして覚えないのか、信じられないのである。ただ、たとえば、自分が壊してしまったものをみると、「また、やってしまったのね」ということは、言うが、記憶のないことに対してわびるのだから、本当は気の毒でもある。自分で自分をコントロールできないということは、大変なことなのだ。
今朝は、すぐに自分を取り戻したので、たいしたことはなかった。やはり、今の精神薬はすばらしい。まわりに言われて、すぐに自分でコントロールできるようではあれば、大丈夫なのだ。
[訪問看護記8/2]
今日は、とても良好な状態なので、母は看護士さんとはじめて、近くのコミニュティセンターまで散歩に行った。
図書室に入り、世界遺産の写真本などを見せていたらしい。母も、いい気分転換になり、終始にこにこしていたという。
看護士さんは、母のひきこもりをすこしでも、軽くし、なにかに興味をもてるようにと考えてくれている。
こういう看護士さんは、ほんとうに貴重だと思った。安心して、任せられる人にめぐり合えて、とても幸せだと実感している。
[ディサービス記7/31]
朝は、6時半すぎに起きて、ひとりで顔を洗い、糖尿の薬を飲んで、食事した。食後の精神科の薬もちゃんとのみ、そのあとは着替えて、迎えの車を部屋で待っていた。
すっかり、「うつ」は消えて、ほんとに梅雨あけしたようだ。
糖尿の薬のおかげで、このごろは体の調子もよく、「体が動かない」とか「歩けない」とは、いわなくなった。ただし、さぼりたくなると、ヘルパーさんには、「腰が痛い」などと言ってるらしい。なかなか、知恵者である。
ディサービスでも、まわりにあわせているわけだが、どうも、それほど関心事はないらしい。歯磨き指導にしても、毎回どんな様子が聞いても、あまり覚えてない。こんなのでいいのかなと思ってしまう。あまり、進歩なさそうだ。
今、大正琴をやっているのだが、はじめは、見ているだけで、いっしょに伴奏にあわせて、歌をうたってたらしい。今は、弾くようにいわれているが、やっている振りをしているようである。母には、お絵かきとか、歌とか、ほかのことがいいのかなと思うが、聞いてみると、どれでも構わない様子。
母にとっては、ディサービスは自分から進んでいったというものではないらしい。今でも、保健所から向かえがくるから行くのだと思っている。
もちろん、私はもう何べんも介護保険のことも、ディサービスの仕組みも説明した。絵を書きながら、ホワイトボードを使って。それでも、理解できないものは、仕方ないと思っている。
ただ、母は確実にディサービスから帰ると、いい表情になるので、それだけでよしとしょう。
[糖尿で通院8/1]
前回2週間前、先生が食事ぬきでくるようにという指示はなかったので、今朝は、いつもどおり糖尿の薬を飲んでから食事してから、母とクリニックに行った。
先生は、一通りの診察をしてから、採血して、「当分、経過をみておきましょう」ということで、二週間分の薬をもらい、またそのころ来ることになった。ただし、今度は、尿と採血をしたいので、朝食はぬいてきてくださいとのことだ。
一般の病院は、待ち時間読書ができるのでいい。私は、「ダヴィンチコード」を読んでいる。(これが、精神科だとまわりがうるさいのでむりなのだ。)