[訪問看護記10/18] 今日は、私が外出前に、ヘルパーさんがくるので、サッシのロックをはずし、母には、いっしょに掃除するように話しておいた。
帰宅すると、連絡帳に「とても、協力的で、すすんで手伝ってくださいました」とのこと。私の言ったことを受け入れて、ちゃんとやれるなんて、最近、ほんとに進歩している。
午後、訪問看護の看護士さんと、看護学生さん(実習のため)が来られた。
母の様子を伝えると、看護士さんも、「そうですね」とうなづいた。そのあと、いつものように、身体の健康チェックのあと、天気がよいので、母をつれて、近くのコミニュティセンターの図書室まで歩いて、そこで世界遺産の写真本を見た。
「今日は、チェコとトルコでしたけど、楽しそうに見てましたよ」とのこと。学生さんは、そこに旅行したことがあったので、その話もしたとのこと。果たして、母はわかったのか。
看護士さんたちは、「ちゃんと、返事されてましたよ」といっていたが、後で、母に聞いてみた。母は、世界遺産の写真本を見たことや、チェコという国名は覚えていたが、学生さんの話はまったく伝わってなかった。旅行したことなどは、ぜんぜん聞いてなかったのだ。
私との会話も、ふつうの雑談は、一応わかったような素振りで、うなづいたり、にこにこするが、もう一度、「今、私がなにをいってたかわかってる?」と聞くと、「聞こえなかった。聞いてなかった」という。
だから、大事な話は、まず「ちょっと、大事な話をするので、よく聞いてね。」と言ってから、話しはじめ、時々確認しないと、すべて抜け落ちていても、わからないのだ。それで、後になって、「聞いてなかった。そんなことを言って無い」と言われてしまう。
母との会話は、重要事項は、ホワイトボード付で話し、そのつぎのレベルは、今いったように、まず注意を喚起してから、話す。どうでもいい雑談は、そのまま話すようにしている。
耳が遠いということもあり、とにかく、「関心」をひいてから、話さないと、絶対伝わらないのだ。
庭のほととぎす