やはり糖尿の影響か

[3/26〜3/30]

3/26(月)晴れ 
 先週、ディへの連絡帳に、二点お願いをした。一つは、母の歯磨きの件。このところ、歯ブラシをもたせているが、使った形跡がなく、本人に聞くと、「看護士さんが渡してくれなかった」という。たくさんの利用者がいるし、忘れることもある、普通ならば、「ください」と言えばいいのに、母には、言えない。口が利けないわけではないので、ディのほうも、気がつかなかったらしい。それで、気をつけてくださいとお願いした。
  二点目は、訪問看護のほうも、「足あげ体操」をしているので、ディでも、させてほしいという要望。本人は、だまって坐っているだけと思うので、せっかくのディもなにもならない。個別機能訓練も行いますとのことなので、お願いした。
  両方とも、快諾してもらえ、今日は、安心して、母を送り出した。

3/27(火)曇り 
  今日は、午後ケアマネさんの訪問があった。
  母の現状を報告した。今日は、天気が曇りなので、母は昼食後部屋で寝ていた。
  自分のケアマネさんなのに、名前も覚えられないというのは、やはり、看護士さんやヘルパーさんに比べると、関心が薄いのかもしれない。

3/28(水)晴れ
  今日は、ヘルパーさんによると、「すべてにおいて、出来ないを連発していた」とのこと。掃除も、外出も。
  訪問看護のときも、いつもは、ちゃんと歩けるのに、途中で「もう、歩けない」と言ったらしい。それでも、立ち止まって、いろいろと看護士さんと会話をしたらしい。
  私は、血糖値が悪かったころの母を思い出した。あのときも、まったく同じだった。母は、看護士さんは大好きなので、気分でいかないということは、考えられない。ということは、血糖値があがったために、身体が動かなくなってきたのだ。
  そのことを看護士さんにいうと、看護士さんも「そうですね」と言った。最近、食欲があるので、すこし大目に食べるときがある。注意しても、「おなかがすくから」といって聞かない。看護士さんからも、母に少し加減するように話してくれた。
  看護士さんが帰ってから、念のため「さっき、看護士さんは何をいったのか、わかった?」と聞くと、「よく聞こえなかった」にこにこして、うなづいていて、看護士さんも「わかってくれて、うれしい」と言ってたのに。横で聞いていた、私の感が当たった。
  
3/29(木)晴れ
  今日は、昨日とうってかわり、体調がいいそうだった。一人で、近くのコンビニにもいったし、食べる量も減らしていた。

3/30(金)雨のち晴れ
  ディに行く時間には、雨は、すっかり上がり、晴れ間も出ていたのに、「折りたたみの傘もっていこうか?」というので、外を見てもらった。一度、納得したのに、また、同じ台詞を言っていた。「もう、雨は、あがっているから」というと、納得。三度目が来る前に、お迎えの車が来て、さっさと乗り込んだ。
  ちなみに、三度目には、本人の好きにさせるつもりだった。病気だから、仕方ない。

野川の桜が咲きました。
P1010084.jpg

 
 

歩けたり歩けなかったり

[3/19〜3/23]

3/19(月)晴れ
  先週土曜日、珍しく、母が自発的に近くの美容院に出かけ、毛染めとカットをしてきた。三ヶ月ぶりだ。前夜、夫に「そろそろ、行ったら?」といわれたが、まさか、次の日に実行するとは思わなかった。大抵、無視されてきたので。
  今朝は、さっぱりしたヘアスタイルで、いつもどおり、ディに出かけた。
  夫が、休みだったので、私たちは、久しぶりに、車で、「越生梅林」へ行った。
  もう、ほとんど、梅は終わりのころで、ちょっとがっかりしたが、そのあと、「吉見百穴」「さきたま古墳」へ行って満足。なかなか、古代の遺跡というのを見る機会がないので、よかった。
  風が強くて、寒かったのが、残念だった。

3/20(火)晴れ 
 いつものように、母と内科クリニックへ行く。やはり、糖尿のほうは、数値がよくないので、薬をもう一種類出すことになる。
  母の場合、食事制限という言葉が通用しない。あくまで、自分が満足しないと「足りない」といって、食べてしまうので、むり。いまのところ、間食はしていないだけましと思っている。カロリーのことも、看護士さんに教えてもらったが、ほとんど、頭に入っていない。悪くならないようにと、先生が心配して、薬の調整するのは、よくわかる。

3/21(水)晴れ
  午後、訪問看護の看護士さんがきたので、母の糖尿の件と、最近の様子を伝えた。
  昨日とは、別人のように、母は機嫌よく、看護士さんとの散歩も、いつもよりも、長く歩いたという。
  
3/22(木)晴れ
  昨日は、「歩けた」のに、今日はまた、「歩けない」という。
  一旦、本人が「歩けない」を主張すると、身体も歩けないモードに変身するらしい。こういう場合、過去には、なだめすかして、歩いてもらったが、今は、気持が変わるのを待つようにしている。説得しても、むだ。理屈ではなく、精神的なものだから、したくないときは、そのままにさせる。
  不思議なことに、そのほうが、本人の心の状態の回復が早く、また「歩く」と言い出す。こういう病気の特性に、最近やっと、距離をおいて、対応できるようになった。昨日、看護士さんとも、このことを話した。

3/23(金)晴れ
  今日は、早くに起きて、すべて自発的にやって、ディへ出かけた。
  午後、家の近くの川縁を歩いてたとき、桜がちらちらと咲いているのを見た。まだ、ほんとに、数輪しか枝の先に咲いていない。でも、暖かいから、明日は、大分咲くのではないかと思った。今週末に、もう、花見をする人もいるだろうな。

うちの花桃も咲いた。
P1010045.jpg

 
 

花粉症と風邪ひいて


[3/12〜3/16]

3/12(月)晴れ

  このところ、花粉症は、わりと軽かったので、安心していたら、気温の変動についていけなかったのか、とうとう風邪をひいてしまった。
  夜中にのどが痛くなり、すぐにうがいをしたので、今日は、大分治まり、風邪薬も飲んで、徐々に効いてきた。
  鼻風邪と花粉症が合わさっているので、鼻は、花粉症の点鼻薬を使った。でも、すっきりしない。やっかいだ。
  一方、母は風邪もひかず、もちろん、花粉症でもない。ほんとに、健康そのもの。うらやましい。
  今日も、いつもどおりディへ出かけた。
  頼んでいた植木屋さんがきて、庭の木がさっぱりしたのは、いいが、最後に、機械で葉っぱを飛ばしていたとき、庭にいて、もろに鼻に直撃。その後は、悲惨だった。

3/13(火)晴れ 
 ついに、マスクをつけることになった。やせがまんは、やめた。
  今朝は、母と室内で、足あげ体操と、階段の上り下り(一回)をした。足の動きがいいので、やはり、昨日のディのおかげかなと思った。

3/14(水)晴れ

  ヘルパーさんが来たときは、「ふらつく」といって、掃除機もかけようとしなかったが、しばらく、話をしているうちに、やる気がでて、あとは、いつもどおり。その後、コンビニまでの道のりも、歩き方がふらふらしていて、時々、ヘルパーさんが介助したという。
  午後、訪問看護の看護士さんにも、母の歩き方のことで、相談した。それで、これから、毎回、足あげ体操などの運動を取り入れることにした。また、ディでは、坐った姿勢での体操が多く、やはり足の運動は少ないということがわかった。
  看護士さんとは、機嫌よく、いつもどおり、図書室まで歩いていって、写真本をみて、おしゃべりもよくしたという。

3/16(金)くもり

  いつもどおり、ひとりで起きて、食事して、ディの迎えの車を待っていた。ただ、その間、自分からは、ひと言もしゃべらなかった。表情は、普通だったので、こんなものだろう。
 
 

手と足の運動神経は別々か


[3/5〜3/9]

3/5(月)くもりのち雨

  朝、ディサービスを待つ間、母と話した。「針仕事も、スムーズになったね。手の動きがいいね。前みたいにふるわないし」
  母は、自分の両手を見て「そうね。前よりいいわ」と返事した。
「ディへいっているからね。どんどん手足つかってね。もっとよくなるから」
母は、うんうんと、にっこりと、うなづいた。

3/6(火)晴れ

  今朝は、近くのクリニックに通う日だ。家から歩いて5分ほどの道を母と倍以上の時間をかけて歩く。
  最近、また、へんな歩き方にもどった。小走りしているような、つま先を先に地面につけて歩くため、左右にゆれるし、安定しない。歩く早さも、遅い。バランスのとれない酔っ払いのような歩き方だ。以前も、このような不安定な歩き方をしていたので直したのに。
  歩いていても、足元は、見ていないし、手をつなぐと、体重をかけてくる。手の動きがあれほど進歩したのに、なぜ、今になって、足のほうが後退するのか。

  血糖値のほうは、前回よりもあがっていた。このまま、上昇すると、薬の量を増やすしかないそうだ。もとより、食べたいだけ食べるから、仕方ない。

3/7(水)晴れ

  昨日のクリニックでは、2時間待ち、今日の精神科では、3時間待ちだった。母は、けっこう忍耐強い。しかし、さすがに今日は、母もくたびれたようだ。
  午後の訪問看護のときの、外への散歩は、「いけない」と拒否していた。看護士さんは、私から歩き方がおかしくなったということを聞いていたので、様子がみたいので、母を説得して、家のまわりを少し歩かせた。
  「やはり、変ですね。前は、こんな歩き方はしませんでしたから」足が悪いわけではないが、とにかく、おかしい。

3/8(木)晴れ

  朝、母に「最近、ヘルパーさんと、足あげ体操しているの?」と聞いてみた。すると、「していない。身体をまわしたりする、体操だけ」という。
  私は、ずっと、母の足のももの筋力のために、ヘルパーさんに毎回少しやってから、外に出かけてもらっていた。最近、母が歩くのを嫌がらずになって、安心したのか、やめていたのだ。
  ほんの少しのことだが、関係している可能性はあると思った。看護士さんにも、次に来たときに、お願いしょう。
  今日は、母と足上げ体操をしてから、部屋の中で歩行をしてもらった。

3/9(金)晴れ

  昨日の夜、やっと母は髪を洗った。この一週間、毎日「今夜洗ってね」をいい続けた。二週間ぶりの洗髪だ。本人は、昨晩も、しぶしぶだった。
  今朝は、とても元気にディへでかけた。今朝の足の動きは、まぁまぁだ。
 
 

看護士さんの取り組み


[2/26〜3/2]
 

2/26(月)晴れ
  最近、朝は、朝食後すぐに自室にこもらないので、少しはよくなったと喜んでいる。しかし、そのあと、2時間以上、リビングでなにをしているのか。
  新聞をぱらぱらめくって、ながめ、それから、じっとソファー坐っているだけ。庭のほうを見ることもなく、家族に話しかけることもなく、視線もテーブルにある。ときどき、トイレにいったりはしているが、それ以外はなにもしない。
  楊枝で歯を掃除するので、「洗面所で歯磨きしたら?」と勧めると、しぶしぶ歯磨きをする。なにもすることがないのだから、たいしたことでもないのに、なぜしないのかと思う。
  「のどが渇いたら、お茶をのんでね」と言ってるし、自分でできるのだが、そうして二時間の間、お茶も飲まない。看護士さんからも、便通をよくするため、なるべく水分をとるように言われているが、言わないと、飲まない。ほんとうに、のどがからからになってから、お水をのむ程度。昼食のときは、お茶をのむが、一日の回数は少ない。
  ディでも、自分からは決して要求しないので、水分をとらせてくださいとお願いしている。
  寝てばかりの頃と比べれば、進歩しているが、「自主性」の点は、昔のままだ。
  今朝も、いつもどおり、ディに通った。しかし、一日の出来事は、やはり自分から語ることはしない。聞くと、「楽しい」というが。送り迎えの時の様子も、淡々としている。

2/28(水)晴れ 
   ヘルパーさんの話によると、最近は、いっしょに掃除するときも、「できない」という言葉は言わなくなり、積極的にさえなっているとのこと。
   夕方、訪問看護の時に、看護士さんが、先日母がディでつくった小さなお雛様のことをたずねた。そのお雛様は、机の上に置かれてあるので、私が「母がつくったのです」と言ったからだ。そうしたら、作り方や他にもうひとりの人とやったことやら、けっこうくわしく話していた。以前ならば、「作りました」とだけで終わる会話がこんな長くなるのは、びっくり。ただ、まだこれは、すべての人に対してではないが。
   訪問看護のあと、先日のインタビューを約45分ぐらい受けた。その前に、私も、母の病歴などを簡単にまとめたものと、自分の考え方などをまとめた資料を渡した。
   我が家にとって、訪問看護があって、はじめて母のケアが安心してできるという点と、母の変化、それから、今後のことも含めてお話した。(内容は、だいたいブログでいつも書いてあるとおり)
   印象に残ったことは、「精神科に入院している患者さんと家族の関係ですが、多くは、入院させたあとも、ほとんど面会に来なかったり、つながりを絶とうという家族がたくさんあります。そんな中で、お母さんと同居を決められたのは、どうしてですか?」という質問だった。
   「この人は、ほんとに精神障害者のことがわかっている。家族の苦しみもわかっているな」とつくづく感じた。母と同居できたのは、私が結婚して、今の夫の理解があったからだと答えた。もし、独身のままであれば、なかなか実行できないほど困難なことがたくさんあったからだ。
   こういう機会をもらって、あらためて、看護士さんたちの存在が心強く感じた。

3月2日(金)晴れ
   母は、いつもより早く起きて、食事して、薬をのんで、出かける用意をしていた。表情もいい。予定どおり、ディへ出かけた。