[6/25〜6/29]
6/25(月)雨のちくもり
昨日から雨になって、予想どおり、母は部屋にこもりきりだった。
しかし、ディサービスへは行きたかったようで、ちゃんと起きて、仕度して、いつもどおり出かけていった。ただし、起きてからでかけるまで、一言も家族のとの会話はなしだった。私が、ディの車の到着時間を言っても、聞いてなくて、二三回言ってやっと通じた。
6/26(火)雨
じめじめした空気の毎日に、私も、頭がすっきりしない。
今日は、午前中、母と内科へいってきた。血糖値は、前よりも下がってきている。別段、特に変化はない。
ただ、母は、終始だんまりのまま。帰宅後も、部屋にこもりっきりだ。珍しいことではないが、いよいよ「うつ」の季節だと思った。
6/27(水)晴れ
午前中は、母と精神科に行く。このごろ、暑くなったのに、いつまでも、毛布と布団で寝るし、季節に応じて、衣服を調整しないし。とにかく、いくら言っても、「これでいい」というだけ。そのくせ、汗だくになって、パジャマも寝具もじめじめ。それでも、「これでいい」
今日は、担当医に母の様子を詳しく説明した。「年をとると、みなこうなるのですか?」と聞くと、先生がいうには、「確かに、温度などを感じなくなる病気はありますが、そうではないでしょう。やはり、統合失調症によるものですね」
一般に、認知症とは違って、母の場合は、「関心」を示さないということが症状としてある。それで、なにもしなくなるらしい。
そういえば、ディサービスも、はじめのころは、行く日も忘れていたし、なにをしていたのかも「忘れた」の一言だったのが、今は、ぜんぜん違っている。
「しかし、関心をもつようにする薬は、ありませんから、看護のほうに頼るしかない」とのことだった。もし、看護のほうから、相談があれば、電話してきてもいいと言ってくださり、心強く思った。
午後、訪問看護のときに、一応、全部報告した。今日は、看護学生さんも同伴していた。母のために、画集をもってきてくれた。みんなで、近くのコミニュティセンターへいって、今日も楽しく写真集などを見たそうだ。帰宅したときに、学生さんが、母にその画集を貸してくれた。母も、にこにこと応対していた。
6/28(木)晴れ
朝、母が私に「この本は、誰がもってきたの?」と聞いてきた。昨日の学生さんの画集だ。「やはりな」と思った。まだ、学生さんとは、コミニュケーションが十分とれてないのだ。お愛想でにこにこしていたが、関心なかったらしい。でも、学生さんが来たことは、覚えていた。
6/29(金)晴れ
昨日、母はまた、午後ばか食いをしたので、今朝は、体が重かった。
それでも、ディは行きたかったらしく、迎えの車をしっかりと待って、いつもどおり出かけた。
[6/18〜6/22]
6/18(月)晴れ
母は、週末から今朝にかけて、日中は、わりと起きていて、すっきりした表情をしていたのだが、今朝は、足の動きが悪く、体も固まっている。
それでも、ディへは、行く気があるようで、ゆっくりだが、着替えをしたりして、待っていた。
車が来たときは、自分の部屋から窓を見ていて、わかっていた。それなのに、チャイムが鳴っても、固まったまま立っていた。
何度も、大きな声で「車がきたよ」といって、やっと、玄関口を出た。(母の部屋は、玄関脇)
本人は、車がきているのに気がつかない、というのならば、理解できるが、目がみていて、わかっているのに、体が動かないという感じだ。(行きたくないというのでもない)脳の指令系統がおかしいのかな?
6/20(水) 晴れ
今日は、暑かったが、母は機嫌がよかったようで、ヘルパーさんとは、いっしょに掃除して、いつもどおりにやっていたそうだ。
午後の訪問看護も、看護士さんの話だと、終始機嫌よく、歩き方も悪くなかったとのこと。
なんだが、梅雨の中休みという感じだから、母も、これからが本番かなと思った。
6/22(金)くもりのち雨
蒸し暑い一夜で、今朝の母は、体の動きも悪く、表情も暗かった。なにか、私が声をかけると「体が動かない」という台詞がかえってきそうで、声かけやめ、ただ見守ることにした。
水分を取らせ、朝食がおわると、だんだんと、体の動きは、よくなった。しかし、ディの車を待つ間、視線も下向きで、人とはまったく言葉をかわさなかった。とにかく、梅雨にはいると、「うつ」が本番なのは確かだ。
私は、母の留守の間に、夏服を出しておくことにした。目のつくところに、出さないと「着る服がない」といつまでも、着替えをしないからだ。
洋服ダンスの引き出しのうち、母の手の届く範囲に、セットしておく。
連日の猛暑でも、まだ、毛布と薄かけふとんを手放さないので、頭がいたい。
[6/11〜6/15]
6/11(月)晴れ
先週の金曜日のディの連絡帳に、母の様子が書かれてあり、午後は、「カラオケ」とあった。
母は、月曜日は、大正琴をし、金曜日は、刺し子をするのを楽しみにしていた。
以前にも、金曜日は、カラオケとなっていて、どうしてかと母に聞くと、わけがわからないが、カラオケ(本人は、耳が遠いので、テレビを見てたといっている)をするグループに行かされたといっていた。
今回も、聞いてみると、同じ事情だったが、これは、母が「私は、刺し子をしたい」と意思表示しなかったせいなのだ。そういうと、「ほかの人も、なにも、言わないから」という。(手芸をやるグループの人もいるのに)
今まで、あまり、ディへの連絡帳には、書き込みをしなかったが、今後は、母の「気持」をちゃんと、書き込んだほうがいいと思った。向こうも、たくさんの人を相手にしているので、つい忘れてしまうのだろうから。
これを怠ると、ある日、突然、「行きたくない」と言い出すのが、母だ。
6/13(水)晴れ
昨日は、母に付き添って内科へ通ったが、歩き方が変だった。両手を前に、ふらふらふと「ゆうれい」のような歩き方をしていた。
今日は、ヘルパーさんがくるときは、やはり、寝ていたとのこと。そして、コンビニまでお昼を買いにいくのに、途中で「歩けない」と言い出したので、ヘルパーさんが、いろいろと楽しいことを話しながら、歩いていったとのこと。
午後の訪問看護は、いつもの看護士さんではないが、以前にも来た方で、顔見知りの方がきた。
表情は、とてもよく、にこにこと迎えたが、
「今日は、どこかに行きましたか」と看護士さんがきくと、「いいえ」と答えた。私が、ヘルパーさんと歩いたというと、もう一度「どこへも、出かけてませんか」と聞きなおしたが、母は「どこにも、行ってません」と、まじめに答えていた。
ついさっき、私と、昼にヘルパーさんと歩いたりしたことを話していたのに。おそらく、これは、質問の意図がわからなくなっているのだろう。具体的に、「コンビニへ行ったか」と聞けば、きっと、「行った」という。しかし、「どこかへ」というと、あの行動とは、結びつかない。質問者の意図するところが、なんなのか、理解できないのだ。
だから、私も、ディでの出来事を聞くときは、連絡帳に「カラオケ」と書かれてあって、「カラオケをしたの?」ときくと、「していない」と返事されることがある。いろいろと、細かく聞いて、やっとわかったのは、本人は、「テレビを見ていた」と理解していたからだ。しかも、毎週のことなのに、いまだに「カラオケ」ではなく、「テレビを見ていた」のままだ。だから、医者とのコミニケーションも、母には、むりなのだ。
6/15(金)晴れ
母は、いつもよりも、おそく起きて、表情もぼーとしていた。ディの迎えまで、家族と一言もかわすことなく、出かけた。
私は、今週はじめから、胃腸の調子がわるく、母とは、極力距離をおいて、「見ざる、聞かざる、言わざる」を実行している。そうしないと、いくら、薬をのんでも、胃腸の調子は、もとには戻らない。(簡単なことではないが、そんなことをいっても、仕方ない。自分を救えるのは、自分だけだ)
母との介護生活は、まだまだ続くのだから、なによりも、私自身が、せめて、自分で自分の健康管理ができないと、共倒れになる。(いや、母よりも、私が先に倒れる)
[6/4〜6/8]
6/4(月)晴れ
またもや、おとといの夜、母は、8時すぎに風呂に入り、10時半になっても、まだ、風呂場にいた。
おかしいので、のぞくと、母が最後なので、風呂の湯は、もう流していているが、本人は、まだ、洗い場の前に坐っている。声をかけると、「身体が動かない」という決まり台詞。
すぐに出るように促すと、さっと立って、出てきた。(動くではないか)
そのあとも、のろのろとしているので、バスタオルで身体をふいたりして、早く自分の部屋に戻した。そこのほうが、涼しいので、汗もひく。もう、ゆでたこ状態。
ほとんど、思考回路が止まっていたのだろうか?私が呼びにいかなければ、まだ、数十分は、風呂場に坐っていたのだろうか?
今朝も、ディサービスの車を待っている間、ときどき、ひとり言をいい、頭を振ったりしている。自分の世界に入りこんでいる。だから、家族がいないと、迎えの車が来ても、気がつかないことがあるので、完全に自立できない。
「今、なにをしているのか」ということに、注意をもち、それを持続することができない。途中で、糸がきれてしまう状態。本人は、その自覚していないので、同じことを毎日繰り返す。
6/6(水)晴れ
この頃、調子がいいらしく、毎朝は、決まった時間に起きる。それは、いいが、ついでに、大きな声で、わけのわからない「呪文」を繰り返す。(幻聴があるのだろう)自分では、無意識なのだろう。注意すると、はたと気付いてやめる。
連絡帳によれば、今日も、ヘルパーさんが来るのに、ふとんに入って寝ていた。(熟睡ではなく)ヘルパーさんが、何度か部屋のサッシ越しに声をかけて、やっと起きたらしい。 そのあとは、すごくスムーズだったとのこと。
午後の訪問看護は、少し遅れてきたが、ちゃんと部屋で待っていた。とても、機嫌よく、看護士さんと、歩行練習に出かけた。
6/8(金)晴れ
今朝は、5時半に下で物音がして、玄関のドアの開閉の音がして、「なにしているのだろうか」と目が覚めてしまった。
気になったので、降りてみると、母は、「新聞を入れた。今日は、ディサービスにいく日でしょ」という。ああそうか、いつも、前日に母に渡す連絡帳を出し忘れていた。母は、日付の確認を新聞でするので、朝早く新聞を入れたのだ。いつも、決してそんなことはしないのに、どうやら、ディサービスへの関心が深いらしい。
その後は、7時半まで寝て、また、起きて、朝食を済ませ、いつもどおり、ディの迎えの車で出かけた。このごろ、うつ状態ではないので、元気なのは確かだ。しかし、それだけ、眠りが浅くないといいが。
5/28〜6/1
5/28(月)晴れ
先週金曜日のディからの連絡帳に「今日は、午後からミニコンサート。楽しく歌っていらっしゃいました」とのこと。
さっそく、母に「歌をうたった?」と聞くと、「唱ってないよ」
「でも、なにかいつもと違うことがあったんでしょ」と聞いていくと、しばらく考えてから、「ああ、そうそう。ギターを弾く人がいて、みんなで見ていた」という。
「唱ってないの?」と念をおして聞くと、「唱ってない」とのこと。
連絡帳の内容と、現実の母の受け止め方は、往々にしてこんな感じでづれている。きっと、にこにこと楽しそうに唱っているように見えたのだろうな。
何度かこういうことがあったので、ディのほうにも、このことを書いておいた。ふつうのおばあさんとは、違うのをわかってもらったほうがいいので。
今日は、母はディへ行き、午後ケアマネさんが訪問。母の様子を報告し、予定表を確認した。
5/29(火)晴れ
今朝は、近くの内科クリニックへ母と通う。前回の検査結果を聞く。
肝臓、腎臓は、正常。貧血もなし。コレステロールは高めだが、ぎりぎりのラインとのこと。相変わらず、血糖値は、高め。しかし、今のところ、先生は、「いいでしょう」とのことだ。
この頃は、日によって、朝の様子が違う。調子のいいときと、悪いときがあり、悪いときは、体が動かないといい、一日、部屋にこもる。
血糖値だけの影響ではなく、気候の影響もあるでしょうとのことだった。
5/30(水)曇りのち雨
午前中、母と精神科に通う。主治医に、昨日の内科クリニックでの検査の内容を説明する。母の朝、足の動きが悪くなる件は、精神科の薬の影響でしょうと言っておられた。いずれにせよ、「うつ」の時も、そういうことはあるみたいだ。
午後の訪問看護の際にも、看護士さんに、医師からの所見や検査の内容を説明した。また、先週、木曜日の件も話し、これから、毎回、歩行練習はしてほしいと頼んだ。また、実習学生は、受け入れるが、対応の仕方は、あらまし、看護士さんから説明しておいてほしいと言っておいた。
5/31(木)晴れのちくもり
今日は、朝から元気だが、昨日の疲れ?があるためか、午前中は、寝ていた。
私は、二日間の母の付き添いのあとのストレス解消のため、午後、運動をしてきた。(今、ヨガを習っている)リフレッシュできた。
6/1(金)曇りのち雨のち晴れ
今朝、母は普通どおり、起きてから、リビングのカーテンなどを開けていた。そうした動作は、スムーズだったのに、そのあと、食卓で薬を飲むとき、急に、固まった。
また、「身体が動かない」といって、固まったままでいるので、私たちは、「またか」と思った。これは、「心」が作用している。しばらく、数分間、そのままにしておくと、まるで、呪縛からとけたように、また、いつものように動きはじめた。
こういうのは、そばで見たことがない人にいくら説明しても、わからない。私も、ずいぶん、振り回されていたが、もう、慣れた。
そのあとは、いつもどおり、ディへでかけた。