質問に的確に答えられない 母


[6/11〜6/15]

6/11(月)晴れ

  先週の金曜日のディの連絡帳に、母の様子が書かれてあり、午後は、「カラオケ」とあった。
  母は、月曜日は、大正琴をし、金曜日は、刺し子をするのを楽しみにしていた。
  以前にも、金曜日は、カラオケとなっていて、どうしてかと母に聞くと、わけがわからないが、カラオケ(本人は、耳が遠いので、テレビを見てたといっている)をするグループに行かされたといっていた。
  今回も、聞いてみると、同じ事情だったが、これは、母が「私は、刺し子をしたい」と意思表示しなかったせいなのだ。そういうと、「ほかの人も、なにも、言わないから」という。(手芸をやるグループの人もいるのに)
  今まで、あまり、ディへの連絡帳には、書き込みをしなかったが、今後は、母の「気持」をちゃんと、書き込んだほうがいいと思った。向こうも、たくさんの人を相手にしているので、つい忘れてしまうのだろうから。
  これを怠ると、ある日、突然、「行きたくない」と言い出すのが、母だ。

6/13(水)晴れ

  昨日は、母に付き添って内科へ通ったが、歩き方が変だった。両手を前に、ふらふらふと「ゆうれい」のような歩き方をしていた。
  今日は、ヘルパーさんがくるときは、やはり、寝ていたとのこと。そして、コンビニまでお昼を買いにいくのに、途中で「歩けない」と言い出したので、ヘルパーさんが、いろいろと楽しいことを話しながら、歩いていったとのこと。
  午後の訪問看護は、いつもの看護士さんではないが、以前にも来た方で、顔見知りの方がきた。
  表情は、とてもよく、にこにこと迎えたが、
 「今日は、どこかに行きましたか」と看護士さんがきくと、「いいえ」と答えた。私が、ヘルパーさんと歩いたというと、もう一度「どこへも、出かけてませんか」と聞きなおしたが、母は「どこにも、行ってません」と、まじめに答えていた。
  ついさっき、私と、昼にヘルパーさんと歩いたりしたことを話していたのに。おそらく、これは、質問の意図がわからなくなっているのだろう。具体的に、「コンビニへ行ったか」と聞けば、きっと、「行った」という。しかし、「どこかへ」というと、あの行動とは、結びつかない。質問者の意図するところが、なんなのか、理解できないのだ。
  だから、私も、ディでの出来事を聞くときは、連絡帳に「カラオケ」と書かれてあって、「カラオケをしたの?」ときくと、「していない」と返事されることがある。いろいろと、細かく聞いて、やっとわかったのは、本人は、「テレビを見ていた」と理解していたからだ。しかも、毎週のことなのに、いまだに「カラオケ」ではなく、「テレビを見ていた」のままだ。だから、医者とのコミニケーションも、母には、むりなのだ。

6/15(金)晴れ

  母は、いつもよりも、おそく起きて、表情もぼーとしていた。ディの迎えまで、家族と一言もかわすことなく、出かけた。
  私は、今週はじめから、胃腸の調子がわるく、母とは、極力距離をおいて、「見ざる、聞かざる、言わざる」を実行している。そうしないと、いくら、薬をのんでも、胃腸の調子は、もとには戻らない。(簡単なことではないが、そんなことをいっても、仕方ない。自分を救えるのは、自分だけだ)
  母との介護生活は、まだまだ続くのだから、なによりも、私自身が、せめて、自分で自分の健康管理ができないと、共倒れになる。(いや、母よりも、私が先に倒れる)