[8/27〜8/31]
今週、月曜日は、いつものようにディサービスへ行ってきた。
火曜日には、ケアマネさんの訪問があり、以前よりも、ケアマネさんと話をするので、「かわりましたね」と言っておられた。ほとんど、無言だったので、なおさらそう感じるのかもしれない。
水曜日は、ヘルパーさんの訪問のとき、すこし元気がなかったらしいが、まずまず。午後、新しく担当になった看護士さんが見えた。看護ステーションの所長を勤める方で、精神科の看護士でもある。まだ、慣れないので、心配したが、あえて私はいつもの様子などを報告したあとは、退室した。
母が、歩くことへの不安が根強く、そのために、雨の日やすこし条件がわるいと、一歩も外に出ないので、まずは、歩行の練習などを中心にやることになった。
実際のところ、母の場合、足に障害がなく、歩けるはずなのだが、精神的に拒否してしまうので、そこをクリアしなければならない。
当日、雨が降り出したら、やはり、外を歩かないという意向を示し、主に室内でさまざまな体操や歩行練習をしたらしい。
看護士さんの印象としては、「たいへん体が柔軟ですね。」とのこと。ぜんぜんいやがらなかったらしいので、まずはひと安心。
木曜日の夜、もう、一週間も洗髪していないので、母にするように促した。ところが、出てきたときに、髪をさわったら、ちゃんとシャンプーで洗っていないことがわかった。しかし、本人は、めんどくさいのか、「洗ったよ」と主張する。
しかたなく、私が、髪を洗ってあげることになる。さっぱりしたあと、本人も気持よさそうに「ありがとう」と言っていた。「次からは、ちゃんと洗ってね」といったが、どうなることやら。
[8/20〜8/24]
20(月)は、母がディサービスへ行き、私は、少し運動をしたりして過ごした。お盆の一週間は、猛暑で、さすがに体がまいっていたからだ。
胃腸の具合があまりよくなくて、運動をして、血行をよくし、食べ物も、気をつけた。
21(火)。午前中は、母の付き添いで、近くの内科クリニックへ行った。血糖値のほうは、安定しているらしく、問題ない。
22(水)から一泊二日で、夫と、蓼科、横岳方面に行った。
出かけるときは、晴れていたが、山の天気は、変わりやすく、昼ごろに横岳についたころは、あつい雨雲が出ていた。
ロープウェイで、頂上まで7分。麓が23度で、頂上は14度。寒いぐらいだ。
一面深い霧に覆われて、視界も悪い。それでも、坪庭を歩こうというので、ふたりで、歩き出して、数分たったころ、雨が降り出した。
折たたみ傘が一本あったので、出してたら、「まだ、いらないよ」という。前を歩く若いカップルは、男が傘さして、彼女を守っているのに。「前を見てみてよ」といっていたら、本降りになり、夫は、したかなくアイアイ傘をした。
結局、ほとんど、霧の中の散歩をして、ロープウェイ駅に戻った。ちょうど、下りのが来たので、それにのり、下山した。
夫は、なんでも、20年前に、来たことがあり、とても、いい景色だったので、私を連れてきたといっていたが、これも、運だなと思った。
そのあとは、蓼科高原美術館に立ち寄り、横谷峡へ。一降りしたあとだったので、地面がぬれていたが、しばらく、横谷峡を散策した。
マイナスイオンの中の森林浴は、体にいいというが、少し、湿気が多くて、快適とはいえなかった。鉄分を含む赤い川が印象的だった。
その日は、横谷温泉旅館に一泊。翌日は、諏訪湖へ。
23(木)、諏訪大社の下社を見てから、上社へも参拝した。多くの人は、下社のみを訪れるらしいが、私は、まわりが田園風景の中の昔ながらの静かな上社のほうが、好きだった。
諏訪大社の下社で、お守りを買ってから、天気が回復し、晴れだした。上社についたころは、晴天で、まわりの山々もきれいに見えた。やはり、二つ参拝してよかったなと思った。
夕方、帰宅した。母は、一人で、留守番していたが、少し表情がぼけーとしていた。
24日(金)は、生き返ったように、ディサービスへ出かけていった。
[8/13〜8/17]
15日(水)は、母の77歳の誕生日。当日ではなくて、前日に、大好きなお寿司などを夕食のメニューにして、お祝いした。
当日、猛暑の中、すこしやる気がなかったようだが、ヘルパーさんとは、なんとか、いつもどおりやっていたようだ。
午後、一年半担当してくれた看護士さんの最後の訪問。母には、朝、そのことを説明しておいた。母も、よくわかったというような返事をしていた。
歩行練習や体操、本を読んだりと、暑いので、室内でのケアをしてくれた。そして、いよいよお別れのとき、母にきちんと看護士さんからも挨拶があった。
母に、玄関のところで「挨拶した?」と聞くと、うなづくし、看護士さんも、「しました」というので、お別れした。
そのあと、母に念のため、「今日で、最後なのよ。わかっていたの?」と聞くと、「知らない。聞いていない」という。
「だから、Yさんは、辞められるので、もうこないの。次からは、この前、いっしょに来た人が担当になるの」というと、ほっとしたように「そう」という。
あれほど、Yさんと仲良くやっていて、お世話にもなっていながら、お別れもあっさりし、担当がかわるのも、顔色も変わらずに「そう」というのには、驚いた。
さびしいとかの感情は、ないのかな?母の喜怒哀楽は、どうなっているのかなと思った。私にも、淡白なのには、そういうことか?
[8/6〜8/10]
8/10(月)晴れ
毎日、猛暑が続いているが、母はむりせずに、部屋でごろごろしているので、元気だ。
暑いときは、なにもしないほうが、体にはいいと思っているらしい。ある意味では、正解だが、掃除も洗濯も、買物も食事を作るのも、家族がやってくれるから、なにも心配がないのだろう。
そういえば、同居したころは、まだ、家事を手伝おうというようなそぶりをみせていたが、今では、完全に頭にないようだ。
ディでの出来事を連絡帳に記してくれるので、読んでみると、「朝の会で、みなさんにいろんな話をしてもらっています。今日は、質問に答えてくださいました」とのこと。
母に聞いてみたが、「なにも、話をしていない」の一点張り。いろいろと、質問を変えたが、「体操をした」「お昼を食べた」「午後、手芸をさせられた」ということしか返事がかえってこなかった。
本当に、交流していたわけではないのだなとつくづく思った。特に、「させられた」という受動的な表現が母には、多い。自分から進んでなにかをしているという感覚はないことがわかる。
もちろん、ディの方は、母に命令しているわけではないし、毎回、「どちらにいたしますか」と午後の活動の選択を聞いているという。
それでも、母がディへいくのは、楽しいと即答しているので、安心しているが。
8/7(火)晴れ
午前中は、内科クリニックに母と行った。混んでいて2時間待った。
血糖値は、「172」で前回とかわらずだ。このごろ、やっと、落ち着いてきている。先生としては、もう少し、よくなっていると期待していたらしい。私からすれば、最近、食べる量は、安定しているので、いいのではないかと思っている。あまり、急激によくなると、反動がこわいから。
8/8(水) 晴れ
今日は、ヘルパーさんの話によれば、やはり「できない」を言っていたらしい。それでも、うまく話しをしながら、母と動いたらしい。
午後の訪問看護は、少し時間を早めての訪問で、「なにかあるのかな」と思ったら、ずっと担当してくれていた人が退職するので、後任の人を連れてきた。
一年半、母の担当をしてくれて、とても、いい成果をあげていただけに、少し残念だったが、仕方ないと思った。
母のほうは、わかったのかどうか知らないが、話を聞いて、うなづいていた。
8/10(金)晴れ
毎日猛暑が続くが、母は、やっと日中は、エアコンを使うようになった。ただ、そのため、一歩も外を出なくなった。外で、熱中症で倒れることはないだろうが、また、こもりきりの生活だ。
そのため、今朝は、動きがとろとろとしていた。ただ、本人も毎日部屋にこもるのは飽きたのか、ディへは、行きたがったので、よかった。
7/30(月)雨のち曇り
母は、ディへ出かけ、午後ケアマネの来訪があり、打ち合わせをした。
その際、母の長風呂についても、話した。この暑いのに、二時間もなにをしているのだろうか。母から様子を聞くと、風呂につかって、外で洗い、またつかっただけとのこと。
これで、どうして、二時間も必要なのか?
看護士さんも、母に注意してくれたが、私も、毎日、「早くでてね」と念押しているが、本人は、「そんなに長く入ってない」と言い張る。
入るときに、ふたりで、時計を見て、確認しても、出たときは、「忘れた」というだけ。ようするに、まるで、関心がないのだ。
あとは、シャワーだけの日を設けるしかないが、果たして、体をちゃんと洗うかどうか。風呂につかっているほうが、楽だから。
8/1(水)晴れ
今日は、猛暑。そのせいか、ヘルパーが訪問時、20分もトイレに入っていた。それから、掃除も、外を歩くときも、「できない」の連発で困らせたらしい。
午後、訪問看護のときも、風呂のことを話し、また、看護のほうからも、母に話してくれた。
そのあと、近くの図書室までも、途中「歩けない」を言っていたらしいが、図書室では、本をみて、元気になったらしい。
8/2(木)晴れ
今日も、猛暑のため、シャワーだけにした。本人には、洗髪もするように、念を押していた。それでも、一時間半、浴室にいた。てっきり、髪を洗っていたからだと思い、トライヤーをかけていたら、どうも、髪がにおうので、「ほんとに洗った?」と聞くと、「洗った」と言い張る。でも、おかしいので、洗面所で、私が洗髪をしてあげた。
ということは、一時間半、浴室にいた間、なにをしていたのかと思った。
8/3(金)晴れ
母が朝ディーへ出かけたあと、部屋の掃除をし、脱いだ服を洗濯し、着替えをセットする。そうしないと、一週間でも、同じ服を着ているし、母のいるときに、「これに着替えて」といっても、がんとして聞き入れない。
押し問答していると、この暑さで、バテテしまいそうだから。