今週、23日火曜日に介護認定があった。母には、「いつも利用しているディサービスやヘルパーさん、看護士さんに来てもらうために、書類を作らなければならないので、市から調査の人がくる」という説明をした。介護保険制度のことを理解していないので、それよりも、本人の関心の強いディサービスにかかわることと説明するほうが、母には理解できた。
とはいえ、朝一回説明し、昼にも、念のため「午後、市から調査の人がくるよ」というと、「なんのため?」という答えだったので、また、同じ説明をした。
幸い、午後3時に調査員がきたときは、理解できていた。母は、部屋にいたので、立ち上がりや、歩く様子を見てもらい、調査は、リビングで行う。
今回は、主治医の意見書がもう届いていたため、それにそって、聞き取りをしながら、あとは、選択式の調査表を埋めていた。
母は、自分の生年月日や、ディサービスの日は、覚えていて、すらすら言えたが、耳が悪いこともあるが、調査員との会話は、すれ違いが多かった。
精神科の患者のことを理解している方だったので、私としては、母の場合は、人とのコミニュケーションがうまくできない点を話した。病院の付き添いも、そのためで、自分の症状などを的確に説明できない。
その点は、主治医も、詳しく書いていてくれて、助かった。実際、調査員も、質問の仕方を変えたりすると、そのことがよくわかったらしい。
冬の電気毛布事件、夏の超長風呂の件なども、話した。しかも、今は、毎朝、体を揺らしたりして、騒いでいる。
一時間ほどの調査で終了した。母は、そばでほとんど、見ていただけ。自分から、問いかけもしないし、あまり関係ないやという感じだった。
今朝(26日金曜日)、いつもどおり、母はディサービスへの仕度をしていた。私が、夏の間ずっとはいていた灰色ズボンでなく、秋もの紺色ズボンに着替えさせた。そのあと、
「これは、洗濯するからね」というと、「それは、だめ」という。洗濯できる表示になっているし、以前もしたのに、いまら説明しても、「そんなことない」
もめていては、ディサービスにいけなくなるので、とりあえず、母の気のすむようにした。しかし、「木綿のもの以外は、洗濯できない」という説には、閉口した。
事実は、母のものでも、化繊のものやウールも家庭で洗濯できるものは、しているのに、そういう説明をしても、ますます、かたくなになるだけで、「そんなこと、したことない」というだけ。
やれやれ、これからは、母にわからないように、洗濯するしかないのか。どっと、疲れた。
今週は、火曜日に、母の付き添いで内科クリニックに行った。血糖値のほうは、落ち着いているので、特に問題はない。
水曜日は、天気がよいせいか、珍しく、母はヘルパーさんを出迎えた。(いつもは、寝ているから)
午後の訪問看護も、とてもスムーズだった。ただ、この頃、毎朝、起きてから、しばらく、ひとりで、部屋の中でわけのわからないことをしゃべったりして、騒いでいる。
時間にして、5分程度のことなので、ほっとおいている。同じ言葉の繰り返しや、歌みたいなものを繰り返しうたって、体を横に縦にゆらすこともある。
本人は、やったことも覚えていないこともあり、あとから、注意してもむだなので、しない。
来週は、介護保険の更新のための認定がある。ただ、本人は、まったく意識していない。それも、いいかもしれない。
うちの場合は、目いっぱい使っていない。母は、依存心が高いので、あまり、手厚くケアすると、どんどん、なにもかも人を頼るので、今の病状が悪化しないのを目的に使うことにしている。
とはいえ、家族といるので、介護保険自体、いろいろと制約もあり、使えないというのが、実情だ。
「介護保険でなんでも」とは、思わないが、もうすこし、その人の病気にあった使用を考えて、柔軟な取り決めはできないのだろうかと思う。
それには、やはり、介護の仕事をしている人たちの待遇をよくし、その人たちが、安心して仕事できる体制が第一だ。その上で、より効果できに、介護保険が利用できるシステムをつくるべきだ。
私の場合は、ラッキーなほうだとは、思うが、介護保険制度の変更などで、ひどい目にあっている人たちも多いという現状には、心が痛む。
「春眠」ではなく、母は今よく「秋眠」している。
朝の寝起きも、あまりよくないが、ほとんどなにもない日は、半日寝ている。
水曜日は、昼にヘルパーさんが訪問したが、チャイムを4回押しても、返事がなく、申し合わせのとおり、母の部屋のサッシ戸(ロックしていない)から入って、母の布団をめくったら、やっと気付いたとのこと。
私が帰宅したのは、午後3時ごろで、母はまだ部屋で寝ていた。(昼飯食べて又寝たらしい)。その上、玄関も閉めてなかったので、食べるのに夢中だったのか、食べてから、眠かったので忘れたのか。
ヘルパーさんには、これから、帰るときは、玄関先まで母に見送りさせてくださいとお願いするつもりだ。
午後4時に、看護士さんが来たときは、たっぷりと寝たので、元気な様子で、いっしょに外を歩いた。
ディサービスへは、なんの抵抗もなく、よろこんで行っているのを、見ていると、はじめのころよりも、感想が違ってきた。
はじめのころは、ヘルパーさんや訪問看護のほうが、母には向いているなと思っていた。一対一で、会話したりすることで、母の表情もよくなっていったからだ。
しかし、一年ぐらいして、今度は、まわりに関心のもたなかった母が、ディサービスへ行く日は、けっして忘れないし、その話になると、満面笑みを浮かべるのに、驚いた。
人は、社会の中で生かされているのだなとつくづく感じた。ディサービスに通うほかの通所者たちの存在も、母には、とても大切なのだと思った。
個人的に、誰かと仲良くなって、話をすることはないが、そこに集うという行為だけで、こんなに大きな力があるもんだなとつくづく思う。
だから、介護は、家族だけでは、どんなに手厚くやっていても、限界があるのだなと思う。家族以外のそうした一見「手助け」とは見えないものが、実は、とても、大切なのだと、最近つくづく感じる。
かつての母は、世の中を敵にまわしていたような考えをもっていた。近所中で、自分の悪口をいっているとか、物をとられたりしているとか。人間不信まで、直してしまったのかなと、びっくりしている。
[10/1〜10/5]
今週も、ディサービスへは、すんなりだった。
火曜日は、母と内科へいって、健診の結果を聞いて、診察をしてもらった。
糖尿のほうは、かなりよくなっていて、尿には、糖も蛋白も出なくなっていた。血糖値は、空腹時で、130。あと、少しというところか。総コレステロールは、高めだが、先生も「運動していないので、仕方ないでしょう」とのこと。
あとは、今後も治療をつづけて、悪くならないようにするだけだ。
水曜日は、ヘルパーさんとは、まずまずだったらしい。看護士さんとも、「歩けるかな」といいつつ、ちゃんといつもどおりできた。
ただ、今度の看護士さんは、まだ、母とはスムーズに意思疎通していないように思った。歩行練習をもっとしてほしいといっても、あまり乗り気ではないようなので、私も、やりづらい。それぞれ、考えがあるのだろうが、今後どうなるか。
木曜日の朝、すっきりとした秋晴れなので、母の調子もよさそうなので、かねてから何度も近くの美容院へいくように言ってたので、「今日、美容院にいかない?」と言ってみた。
あいかわらず「あの店は、なくなった。」という。母の話では、レストランになったという。いつも、ディの車で前を通るので、その説を譲らない。私は、この間、その店まで行って確かめた。その話も、もう数回している。
「お店あるよ。わざわざ確かめに行ってきたから、大丈夫だから」といっても、まだ、渋るので、「ほんとは、行きたくないの?」というと、
「そんなことない」
それで、母はしぶしぶ出かけた。家から、あるいて、5分ぐらいのところなのに、もう、数ヶ月も行っていない。その間、「店がなくなった」説を通してきた母だった。
私も、用事があって、そのあとすぐに出かけた。午後帰宅すると、髪はきれいにカットされて、黒く染め上げられていた。母は、あの説を通したことも、過去のことのような顔をしていた。
また、次行くときは、「店がなくなった」説が出ないといいなあ。