伊豆の旅は雨でした



[3/19〜20]

  一泊の伊豆旅行は、どうも春の嵐にあったらしく、初日は、午後からは風と雨にみまわれ、次の日は、台風なみの風と雨で、ほとんど、ただ帰宅の途についただけとなりました。

  初日は、淡島マリンパークで2時間ぐらい散策したり、アシカとイルカショーを見ました。
  こういうマリンパークに行ったのも、もう10年以上前かなと思って、意外と新鮮に感じました。
  アシカは、とても動きが早く機敏なので、びっくり。お客が少ない時期で、間近にみることができ、体に触ることもできました。とても、しっかりとした毛皮に覆われていたのには、びっくりしました。もっと、ツルツルしていると思っていたので。

 宿は、若山牧水が泊まった宿として有名な牧水館でした。
 サービスや料理、お風呂は、やはり評判どおりでしたが、残念なことが一つ。
 部屋の洗面所のお湯の温度が低くて、ほとんど水と同じ。顔を洗うのも、ちょっとためらわれました。もちろん、部屋の風呂もお湯でないので、使えませんでした。こういういい宿だけに、大きな減点という気分でした。
 雨と風が強くて、露天風呂は、あまりゆっくり楽しめなかったのも、残念でした。

 20日は、近くの富士見山達磨寺へ参拝して、健康を祈願しました。
 私は、胃腸や花粉症。夫は、不整脈。達磨さんは、中国少林寺とも縁があり、前から関心のあり、また自宅の近くに深大寺もあって、縁があるような気がして、強風の中行きました。

  つぎは、気候のいいころに、息抜き旅行したいです。
 
 

尿の失禁忘れる母



[3/4〜3/11]

  5日は、精神科の通院日。このごろ、「うつ」ではなくなった母だが、落ち着きがない。
とはいえ、それよりも、薬の副作用で、しょっちゅう唇をなめている。口のかわきは、本人に聞いても、感じないとのこと。さすがに、精神薬のせいだということは、先生がすぐに気がついた。
  ただ、家族の前では、やるが、人前では、緊張するのか、やらないので、そういうことならば、いいでしょうとのことだった。多少の副作用は、仕方がない。
  第一本人には、そういうことをしている自覚はないらしい。

  その後は、金曜日も、ディのあと、歯医者さんの訪問診察があり、けっこう忙しかった。
  気温がますます春らしくなって、陽気になり、母も毎日、私との足の体操は拒まないし、「躁」もいいところがあるなと思った。

  月曜日のディでは、色紙を切り抜いて桜の花びらをかたどり、それで壁飾りを作る作業に参加していたとのこと。けっこう、まじめに取り組んでいるとのことで、連絡帳をみて、安心した。また、向こうでも、足の体操はけっこうやっているらしい。
  とはいえ、相変わらず、廊下を歩く足音は、バランスをくずしたりしていて、すごくうるさい。

  今朝6時半ごろ、母が廊下をバタバタ歩いて、トイレへいく音がした。しかし、すごく早いし、なんかいつもと違っていた。
  一時間して、家族が起きて、私も、洗濯機の中をあけて、いつものように洗剤をいれようとしたが、「なにか違うかも」と感じて、中の物をみてみたら、母のパジャマズボンを入っていた。
  尿の匂いがしたので、悪い予感が当たったと思った。
  母に、それを見せても、なぜか反応がない。自分が入れたのに、覚えていないらしい。
「知らない」という。
  そこで、入れた入れなかったを言っても、むだなので、それよりも、洗濯機へは、入れないように念を押した。
  とにかく、いつもと違う様子のときは、ちょっと注意が必要だ。都合の悪いことは、ほんとにみごとに記憶していないから。

  朝からの母の騒ぎで、疲れてので、庭にでて、草花の手入れをしたりした。
  クリスマスローズがまだ満開だ。しだれ梅は、もうおわり。匂いすみれも、かわいいブルーの花を咲かせている。球根も、芽が出している。春だな。花粉症なので、マスクつけての庭仕事がちょっと残念だ。

 
 

足音がうるさい



[2/25〜3/3]

  この頃、母の廊下を歩く足音がうるさい。二階にいても、はっきりと聞える。
  「バタバタバタ」と歩く。走っているような足音だが、バランスが悪くて、そう聞えるのだ。
   立っているときも、つま先をたてたり、下ろしたり。それだけで「バタンバタン」という音がする。
   部屋の中にいても、それをやり、トイレの中でも、それをやる。
   母に言っても、自覚がないので、けろっとしている。
   
   「躁」の状態なので、仕方ないが、周囲への注意力は、「うつ」と比べて、決してよくない。

   今朝も、ディの迎えの車が家の前にとまった。それを、母は、確かに窓のところで見たのに、それをディの車と認識せず、玄関へ向かわず、トイレへ行った。 
   私は、あわてて、母を呼んで、「もう、来たよ」と言ったが、本人は、まだ、わかってなかった。
   いつもは、見たら、すぐに玄関口にいくので、てっきり、今日もやれると思っていたのに、甘かった。
   
  自分で、自分の体の動きがおかしいということも認識していない。
  その上、ディの車を待っているのに、それに注意はしていない。ただ、坐っているだけ。
  心は、上の空という感じは、「うつ」でも「躁」でも同じなのだ。

  明日とあさっては、内科と精神科の通院のつきそいが待っている。今日だけ、少し休みたいというのが、本音だ。