26日、夫の甥の結婚式が長岡で行われた。
私たち夫婦は、朝早くに起きて、東京から新幹線に乗って会場に向かった。
夫の妹も、同じ日に東京駅で私たちと合流して、同じ新幹線に乗った。
26日は、さすがにゴールデンウィークの初日なので、東京駅は混雑していた。幸い、長野でなくて、ほっとした。
式は、教会式で、私にとっては、初体験なので、興味深かった。
花嫁さんとは、まったく面識がなかったので、当日はじめてお会いするのだが、私からすると今風のギャルという感じ。元気なのがよかった。新郎のほうが、性格がおとなしいので、ちょうどいいかもしれない。
私も、友人の結婚式以外は、出たことがなく、親戚ははじめてなので、やはりこの年になると、感じ方がかわるものだなと思った。
去年は、義父の葬式に出席して、「年をとること」や「死」について考えたが、今回は、「人生」というものについて再度考える機会を得たような感じがする。
「結婚式」は、女性にとっては、「幸せの切符」をもらったような華やかなイメージがある。この先は、ばら色に見えてくる。
しかし、なにごともない結婚生活はないもので、私たちの場合も、母との同居などからすっかり生活が変わった。
これを「不幸」とは、思ってはいないが、やはり「しんどい」ものだ。夫がいなければ、どうなっていたか知れない。
パートナーという意味の重みというのは、「結婚式」の時点では、わからないものなんだなと、若いふたりを見て、そう感じた。
逆に、私たちも、「出発点」を思いおこし、がんばろうという気持になれたのは、若いふたりからの贈り物かもしれない。
母は、めずらしく、なにごともなく、留守番をしていた。ただ、どうも、電子レンジの扱い方を忘れたらしく、お弁当の容器がちょっと熱で変形していた。
結婚式へ出席することは、理解できていたらしいし、ちゃんと、夜帰宅したときは、玄関灯もついていて、リビングのシャッターもおろされ、スリッパもきちんと並べてあった。
うちは、2006年の6月から介護保険を利用している。
もうすぐ3年になるので、少し振り返って、まとめてみた。
{介護保険の利用前}
*一日中、ほとんど部屋に閉じこもり、20時間は寝ていた。食事とトイレ、風呂以外は、活動していない。
*妄想、ひとりごとなど毎日あり、昼も夜も続いていた。特に、夜は家族も安眠できない状態だった。精神薬は、飲んでいても、落ち着かないことが多かった。
*部屋に入ると、「物をとった。勝手に捨てた」と疑うので、掃除もできなかった。また、暴飲(ジュースなど)暴食(間食)がひどかった。
*精神科の薬の副作用で、手足のふるえがひどく、歩くのも困難だった。また、糖尿なのに、内科に通おうとはせず、医師を信頼していなかった。
*入浴も、なかなかしなかった。洗濯物も出さないので、出すように言ったが、聞かない。着替えるようにいうと「誰かが服を盗んだので、着る物がない」と言っていた。
*たまに、バスにのって、買物にいく(年に数回)ことや、美容院にいくことはあった。
{利用後}
*はじめの年は、ほとんど部屋に閉じこもっていた。そのうち、床ずれができた。しかし、ヘルパーや訪問看護などに対して、心を開くようになり、表情が出てきた。
*二年目になり、ディサービスへ通うようになってから、寝てばかりの生活ではなくなり、日中も、部屋で坐っていたりできるようになる。
*人の話が聞いていられるようになる。以前は、数分も聞いていられなかったのに、だんだんと聞いていられる時間がのびる。また、返事もするようになる。感想も言えるようになる。
*看護士への信頼関係から医者にかかれるようになり、内科へ通うようになる。疑ったり、嫌がったりしなくなる。精神科の薬が変わったことも影響しているが、それに加えて、人間不信がなくなったこともある。
*部屋に入って掃除しても、なにも文句はいわなくなる。妄想もなくなる。
*顔に表情が出る。怒らなくなる。ただ、少し五感がにぶくなる。電気毛布の温度調節ができなくなる。
*歩行も、意識しないので、歩き方が変になる。バスには、乗らなくなる。通院も、タクシーを利用する。
*入浴は、最近になり、毎日入るようになる。但し、入浴時間が長いことや、脱衣に時間がかかりすぎるので、介助が必要。
*幻聴はあるものの、あまり大声は出さなくなる。また、夜はしっかり寝ていられるようになる。
介護保険の助けがなければ、確かに今頃はもっとひどくなっていたのは、間違いないと思う。
特に、精神病は、薬だけでは十分な効果は得られない。人によるケアが大切だと思う。
ただ、今の制度は、精神介護の面では対応が遅れている。
もう少し、病気にあった介護ができるような柔軟な制度にしなければ、介護度を下げることは出来ないのではと思う。
母の場合、精神病のほうは、ケアのおかげで、たいへんよくなっている。ただ、ヘルパーにしても、もっと効果があがる対応ができるのに、制限されて使えないのが現状だ。
母の足の歩き方は、どう見ても変だ。
本人は、普通に歩いているつもりだが、つま先で歩いている。かかとが地についてなくて、浮いている。
立っているときも、かかとを上げたり下げたりしている。だから、洗面所で、歯を磨く、顔を洗うのに、「ばたんばたん」している。
それで、母と毎日、足の体操をしてみた。
かかとをつけて、立ちながら、片足を一歩だし、重心を前後にうつす。左右行う。
椅子につかまり、片足ずつ、膝からもちあげて、上げたり下げたりする。
最後は、椅子に坐ってから、立ち上がる動作を10回。
そのあと、片足ずつ、かかとから着地して、一歩ずつあるく。上半身は、なるべくまっすぐにして。
わかったことは、「くの字」に体をまげる癖がぬけないこと。そのために、なかなかうまくバランスがとれない。
でも、意識すれば、正しく歩けること。
振り返ると、母はこの10年来、強い精神薬を飲んでいて、手足は震えるし、歩くのもたいへんで、一日中、床ずれのできるまで寝ていた。
その間に、年をとってきたこともあるが、運動神経がすこし悪くなったのかもしれない。
今は、「意識」して、正しく歩くという練習をして、それを覚え、無意識でもできるようにしないとだめになっているのかもしれない。
ということで、母は今日も、私といっしょに足の体操をしている。今のところ、いやではなさそうだ。
看護士さんやディサービスでも、練習しているが、それだけでは足りないようだ。