甥の結婚式へ



  26日、夫の甥の結婚式が長岡で行われた。
  私たち夫婦は、朝早くに起きて、東京から新幹線に乗って会場に向かった。
  夫の妹も、同じ日に東京駅で私たちと合流して、同じ新幹線に乗った。
  26日は、さすがにゴールデンウィークの初日なので、東京駅は混雑していた。幸い、長野でなくて、ほっとした。
  式は、教会式で、私にとっては、初体験なので、興味深かった。
  花嫁さんとは、まったく面識がなかったので、当日はじめてお会いするのだが、私からすると今風のギャルという感じ。元気なのがよかった。新郎のほうが、性格がおとなしいので、ちょうどいいかもしれない。
  私も、友人の結婚式以外は、出たことがなく、親戚ははじめてなので、やはりこの年になると、感じ方がかわるものだなと思った。

  去年は、義父の葬式に出席して、「年をとること」や「死」について考えたが、今回は、「人生」というものについて再度考える機会を得たような感じがする。
  「結婚式」は、女性にとっては、「幸せの切符」をもらったような華やかなイメージがある。この先は、ばら色に見えてくる。
   しかし、なにごともない結婚生活はないもので、私たちの場合も、母との同居などからすっかり生活が変わった。
   これを「不幸」とは、思ってはいないが、やはり「しんどい」ものだ。夫がいなければ、どうなっていたか知れない。
   パートナーという意味の重みというのは、「結婚式」の時点では、わからないものなんだなと、若いふたりを見て、そう感じた。

   逆に、私たちも、「出発点」を思いおこし、がんばろうという気持になれたのは、若いふたりからの贈り物かもしれない。
   
   母は、めずらしく、なにごともなく、留守番をしていた。ただ、どうも、電子レンジの扱い方を忘れたらしく、お弁当の容器がちょっと熱で変形していた。
   結婚式へ出席することは、理解できていたらしいし、ちゃんと、夜帰宅したときは、玄関灯もついていて、リビングのシャッターもおろされ、スリッパもきちんと並べてあった。