脳と記憶のしくみ(2)

『記憶がウソをつく』養老孟司著を参照

 「型が決まると記憶もキマる。たとえば、所作、振る舞いなど。身体に染み込んだ習慣や癖は忘れない。」

  このことは、特に母が年をとるにつれ、強く感じる。母を見ていると、我々の生活のルールはなかなか覚えられない。洗濯物を出すという行為だけでも、母は、昔のままの自分の習慣を貫いているように思う。たとえば、何日おきに下着を取り替えるかとか、ほかの服にしてもそうだ。はじめのうちは、私もこちらに合わせて、いろいろと言ってたが、もうあきらめた。そのかわり、何日着ているか忘れていることが多いので、それは、こちらで注意している。「できないこと」というのが、あるのだとこちらが受け入れないと、いけない場合もあるのだと思った。


 「五感のうち、視覚、聴覚、触覚は、言語を構成できるが、味覚と臭覚は、言語を構成できない。」
 「触覚は、点字が作れる。聴覚は、耳から情報を音声の言語を構成できる。視覚は、目からの情報を文字の言語を構成できる。」
 「目は、はっきりしていて、論証がいらなくて、一目でわかる。一目瞭然、説明がいらない。耳は、もう少し深いところで人を動かす。耳は、雑音を消す仕組みをもっている。」


つまり、目から入る情報は、そのままストレートに脳に入るが、耳から情報は、自分で選択して、一部カットして脳に入るという点が違うのだという。
 だから、耳の悪い母には、ホワイトボードで複雑で大事な話は説明したりすることにしている。そうすると、耳からだけだと、10回同じ言葉を言っても、まだ理解できないのに、ホワイトボードを兼用すると、二回ぐらいで理解できてしまう。記憶力の低下で、たとえば、薬の服用についても、慣れるまで、色ちがいのホワイトボートに「食前にA薬をのむ」というように示して、置いておくと、間違いがほとんどなかった。
 これらのことも、この本に書かれてある脳の仕組みに関係していたのだとあらためて知った。
 介護をする側が一番たいへんなのは、やはり、なかなかこちらの言うことが理解してもらえないことと、すぐに忘れてしまうこと。もちろん、ケース・バイ・ケースだが、試してみる価値はあると思った。
 それから、耳からの情報は、人の心の深いところに記憶を残すらしく、なつかしい曲を聞くと、記憶が再生されるのは、そのためらしい。だから、音楽療法というのは、確かに理にかなった方法なのだ。
 うちに来る看護士さんたちは、どこでも、なるべく、患者さんとは、歌をうたうようにしているという話を聞いたことがある。なるほどだと思った。
 
 

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