[睡眠薬事件]
母のような病気にかかった患者のほとんどは、自傷行為を行う。自殺未遂も多い。
私が中学に入ってから、母は、退院後しばらくは、規則正しい毎日の生活をしていた。
普通のお母さんがするように、毎朝、家族が起きる前に起きて、昼食の用意をし、夫と子供を送り出してから、掃除、洗濯、買物をする。
私たちは、午後帰宅すると、おやつが用意されていて、それを食べて、宿題をし、母は、夕方から夕食の準備、お風呂をたく。そして、父が早く帰る日は、一家だんらんだ。
母は、お酒を飲まないが、父の話を聞くのが好きで、私たちが食後、テレビを見ている間も、晩酌を付き合っていた。
そういう生活が、退院後長くて二年ぐらいしか続かなかった。毎年、私たち父子の新年の願い事は、「母が今年も、病気がひどくならないように」だった。
ある日、私が、いつものように、帰宅し、夕食を済ませ、ふと、母をみると、いつものと少し違っていた。表情は、暗いし、私たちに話しかけない。
夕食後、テレビを見ていると、母が「薬を飲んでしまった。救急車をよんで」という。
私には、なんのことかまったくわからなかったので、立ちすくんでいると、母は、自分で救急車を呼んだ。
「睡眠薬を一瓶飲んでしまいました。救急車をお願いします」あとは、自分の住所、氏名を伝えていた。
母の様子は、私からは、正常のようにしか見えなかった。ともあれ、父がまだ帰宅していないため、救急車に同乗してくれと隊員さんに言われ、妹が、ひとりで留守番をして、私は、母といっしょに病院に向かった。
母は、胃洗浄をして、大事には至らなかった。父がほどなく、病院に到着し、医師らに、母の病気の説明をしていた。
その間、私がすごく冷静で、取り乱してなかったので、救急隊員が「しっかりしているお嬢さんですね」と父に話していたのを、覚えている。
そうではなくて、まず、母が飲んだ睡眠薬というのは、どういうものかもよく知らなかったし、母が死ぬなんて、まるで考えていなかったからだ。
その日から、母の薬の管理は、父がするようになった。母は、ほどなくまた入院した。
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