母の病歴(7)

[幻聴で徘徊]

  私が、高校に入る年は、母は退院していて、家にいた。一年ぐらいは、きちんと通院して、薬をのみ、普通の暮らしが続いたと思う。
  ただ、包丁などは、万が一に備えて、一本だけ出して、後は、全部、母に知られないようにしまった。また、私たちの部屋にも、鍵をつけた。
  高校二年になったころ、母の行動に異変が生じた。
  
  ある日の午後、ふと気づくと母が家にいない。誰にも、告げずに出かけたらしい。そういうことは、別に珍しくないし、はじめは、「買物にいったのだろう」とみんな思っていた。
  ところが、夜遅くなっても、帰ってこない。連絡もない。夕食後、私たちは心あたりに当たったが、行方がわからない。
  深夜になっても、連絡なし。父は、私たちには、「先に寝てなさい」と言ったので、私たちは、寝ることにしたが、なかなか寝付けなかった。
  明け方、母がタクシーで帰ってきた。父は、「どこに、行ってたのだ」と聞いた。
  すると、「空港までいって、飛行機に乗ろうとしたが、気がかわり、帰ってきた」という。どうも、動機も、幻聴によるものらしい。どこへ行こうというのも、自分で決めたのではないという。
  ともかく、その日は、無事にもどったので、よかったなと思った。しかし、そのころから、幻聴による独り言が多くなった。

  それからしばらくして、ある休日。その日、突然警察から電話があった。父が出ると、母が保護されているとのこと。言っていることがおかしいので、とにかく、署にきてほしいとのことだ。
  私たちは、「また、なにかしたのか?」と思って、緊張した。父は、すぐに出かけ、数時間後、ひとりで帰ってきた。
  母は、大きな声をあげながら、警察署の前をいったり来たりしていたので、保護したらしい。そこで、調べてみると、以前も、精神病で入院しているということがわかり、家族に連絡したらしい。
  また、母は自分の名前や住所などは、言うが、あとは、妄想でわけのわからないことをずっと言っていたらしい。
  そこで、父は、病院に連絡して、「入院したい」ということで、お願いし、車で、母を病院まで連れていったという。
  帰宅後、父は、入院に必要な物をそろえたり、お金を準備したり、忙しかった。私たちも、その手伝いをしたが、「まだ、興奮しているので、面会は、落ち着いてからがいい」と言って、また、病院にとって帰した。
  私は、このところ、母が大声で独り言をいうたびに、「また、悪くなっている」と毎日、不安だった。なにか、しないかと。こういう思いは、もう慣れっこのはずだが、いちばんつらいのは、友人にも言えないことだ。
  いつまで、こんなことが繰り返されるのだろうか。この病気は、不治の病なのだ。ふつうは、入院して、病が治れば、退院だが、母は、治ったのではなく、安定しただけ。父も、同じ思いだったようだ。

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