看護士さんの取り組み


[2/26〜3/2]
 

2/26(月)晴れ
  最近、朝は、朝食後すぐに自室にこもらないので、少しはよくなったと喜んでいる。しかし、そのあと、2時間以上、リビングでなにをしているのか。
  新聞をぱらぱらめくって、ながめ、それから、じっとソファー坐っているだけ。庭のほうを見ることもなく、家族に話しかけることもなく、視線もテーブルにある。ときどき、トイレにいったりはしているが、それ以外はなにもしない。
  楊枝で歯を掃除するので、「洗面所で歯磨きしたら?」と勧めると、しぶしぶ歯磨きをする。なにもすることがないのだから、たいしたことでもないのに、なぜしないのかと思う。
  「のどが渇いたら、お茶をのんでね」と言ってるし、自分でできるのだが、そうして二時間の間、お茶も飲まない。看護士さんからも、便通をよくするため、なるべく水分をとるように言われているが、言わないと、飲まない。ほんとうに、のどがからからになってから、お水をのむ程度。昼食のときは、お茶をのむが、一日の回数は少ない。
  ディでも、自分からは決して要求しないので、水分をとらせてくださいとお願いしている。
  寝てばかりの頃と比べれば、進歩しているが、「自主性」の点は、昔のままだ。
  今朝も、いつもどおり、ディに通った。しかし、一日の出来事は、やはり自分から語ることはしない。聞くと、「楽しい」というが。送り迎えの時の様子も、淡々としている。

2/28(水)晴れ 
   ヘルパーさんの話によると、最近は、いっしょに掃除するときも、「できない」という言葉は言わなくなり、積極的にさえなっているとのこと。
   夕方、訪問看護の時に、看護士さんが、先日母がディでつくった小さなお雛様のことをたずねた。そのお雛様は、机の上に置かれてあるので、私が「母がつくったのです」と言ったからだ。そうしたら、作り方や他にもうひとりの人とやったことやら、けっこうくわしく話していた。以前ならば、「作りました」とだけで終わる会話がこんな長くなるのは、びっくり。ただ、まだこれは、すべての人に対してではないが。
   訪問看護のあと、先日のインタビューを約45分ぐらい受けた。その前に、私も、母の病歴などを簡単にまとめたものと、自分の考え方などをまとめた資料を渡した。
   我が家にとって、訪問看護があって、はじめて母のケアが安心してできるという点と、母の変化、それから、今後のことも含めてお話した。(内容は、だいたいブログでいつも書いてあるとおり)
   印象に残ったことは、「精神科に入院している患者さんと家族の関係ですが、多くは、入院させたあとも、ほとんど面会に来なかったり、つながりを絶とうという家族がたくさんあります。そんな中で、お母さんと同居を決められたのは、どうしてですか?」という質問だった。
   「この人は、ほんとに精神障害者のことがわかっている。家族の苦しみもわかっているな」とつくづく感じた。母と同居できたのは、私が結婚して、今の夫の理解があったからだと答えた。もし、独身のままであれば、なかなか実行できないほど困難なことがたくさんあったからだ。
   こういう機会をもらって、あらためて、看護士さんたちの存在が心強く感じた。

3月2日(金)晴れ
   母は、いつもより早く起きて、食事して、薬をのんで、出かける用意をしていた。表情もいい。予定どおり、ディへ出かけた。
 
 

コメント

自発性・・・病気、障害は違いますが、うちの妻もこれが欠けているのが、介護が必要な要因です。まだ若いので、少しでも、ここを取り戻していけたらなと思っています。
訪問看護師、そして今来て頂いているヘルパー業者さんとそこのヘルパーさんにはホントに感謝してます。義父なんは全く気遣いもなしですが、私の体調(顔色などから分かるそうです)も気遣ってくれます。

看護士さんたちが、協力してくれるということが、いちばんの励ましとなり、がんばるエネルギーとなりますね。
特に、自発性の無い人と接している場合、一人だけでやっていると、ひとり相撲をしているような感じになっていって、くたくたになってしまいます。
家族の協力が得られない人もいるわけですから、ほんとに、なくてはならない存在だと思います。

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