[父が病気になる]
私が、大学生になってから、父の糖尿病は、悪化していった。
その間も、母の病気は、あいかわらずで、入退院を繰り返していた。
病院との接触は、父と母だけで、私は、このころ、ケースワーカーとは、会ったことはない。また、治療の内容も、知らなかった。
ちょうど、私が、大学卒業して、就職をした年、父は、糖尿病のために、眼底出血をして、入院した。
それ以前も、足のむくみがひどく、近くの病院に通院していたが、医師からは、一度、紹介された大きな病院に短期入院治療をすすめられていた。しかし、父は、「母をほっとくわけにはいかない。働けるうちは、働く」といって、拒んだ。
そのため、病は、どんどん、進行してしまったのだ。
そのときは、簡単な手術で、退院できたが、食生活や、ストレスといった環境は、そのままで、良くなるほうには、向かわなかった。
就職してから、二年半後に、私は、家を出て、自立した。母と暮らしたくなかったからだ。そのころも、母は、また、入院していた。
母が、入院中、父は、かえって、ストレスがなくなり、病気も、安定していたが、母が退院すると、やはり、また、健康状態が悪化した。
そのころ、父は、何度か、入院をしたが、すぐに、医師とけんかして、退院した。(母がそう言ってたので、真相は不明)
父の病気がひどいと、母は、自分のことよりも、父の看護のほうに気をとられ、精神病のほうは、おとなしくなっていた。
ただ、父の病気は、透析まで、進んでいて、もう、よくならなかった。そういう状態で、二年ほどして、父が亡くなった。
まだ、二十代半ばの私は、長女として、これから、母のことも、引き受けなければならなくなった。
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ご夫婦で、それでも仲がよかったの?が
お母様の病気にはよかったんでしょうか。
私は、両親が既に家庭として機能していない中で育ったので、
母が透析を始めても私が介護していました。
母親には、親の役目、看護婦の役目、
娘の役目・・なんか全て望まれて
いたようで・・またそれに必死に
応えていましたね。
父親の役目というより、旦那の役目まで
させられていて、さすがに
父親に、それは無理だからと言ったのを覚えています。
KEI-INさんもお若いうちから大変でしたね。
本当にいろんな家族があるんですね。