心の病と向き合う

 父がなくなったのは、20年前で、それまで母のことはすべて父が背負っていたので、私は正直いって途方にくれた。第一に、病気についての正しい知識がなかった。母の病状が悪化すれば、それにふりまわされ、ほんとうにどこから手をつければいいのか、わからなかった。
 それでも、まだ50代だった母に、病院のケースワーカーなどがいろいろとサポートしてくれたおかげで、10年間ぐらいは、まじめに通院を続け、私と妹もなんとか仕事をしながら、生活を続けられた。
 なにもかも、ケースワーカーにまかせておけるという安心感から、私はなにも病気について、勉強していなかった。母は、医者にたいしては、自分の症状を細かに伝えていなかったらしい。だから、薬の副作用が苦しいのに、医者にもケースワーカーにも、家族にもただ「ちょっと、きつい」という程度だった。医者は、「年のせいだから、」と軽くみていたらしい。そして、また薬を飲まなくなった。
 その結果、どんどんひどくなり、大騒ぎを起こしての入院。そのとき、母は「おまえら、私を入院して監禁したいんだろ」とわめいていた。
 母は、医者にも失望し、薬を飲んでも苦しいだけで治らないという長い生活で、誰も信じられなくなっていたのだ。本来なら、入院するのは、病気を治すためなのに、母にとっては、監禁生活のはじまりにすぎなかった。
 そのとき、はじめて、薬だけでは絶対にこの病気は、治せないと思った。でも、どうすれば、母の人間不信は治るのかは、わからなかった。ただ、私はいままでこの病気に向き合っていなかったことだけは、痛感した。
 
 

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