母の飲んでいる薬なので、記録する。
「ぜんかれん」2007年2月号の「新薬を使いこなす」(清和会吉南病院 長嶺敬
彦)より参照。
*リスペリドン(リスパダール)
薬理作用は、SDA(セロトニン・ドパミン拮抗薬)といわれる薬です。セロトニンとドパミンを適切に遮断することで、最もエビデンスのある新薬です。幻覚妄想などの陽性症状の改善効果に有効で、陰性症状の改善効果もあります。攻撃性、認知症状、感情症状を改善します。剤形も豊富で、錠剤、細粒、内用液があります。外国では、デポ剤も使用されています。急性期の治療で内用液の有効性や睡眠の質の改善効果なども期待できます。慢性期には一日一回の内服でも治療が可能です。
副作用は中枢のa1受容体遮断作用による起立性低血圧、至適用量(6mg)を越えた時の錐体外路症状(ふるえ、じっとしていられなくなる、筋肉がこわばる)、高プロラクチン血症に注意が必要です。糖尿病や高脂血症などの代謝系の副作用はほとんどありません。
ちょうど、新聞に「介護家族のストレス」の記事が載っていて、認知症の人を介護する家族の心の変化について、専門医がつぎのようにまとめてあった。
[認知症の人を介護する家族の心の変化]
第1段階 驚き (認知症と知ったとき)
第2段階 否認 (認知症であることが信じられず、無意識のうちに否定してしまう状態)
第3段階 怒り (問題行動などの症状に耐え切れず、いらだつ状態)
第4段階 抑うつ (介護をがんばっているのに、思い通りにいかなかったり、理解してもらえず沈んだ状態)
第5段階 適応 (前向きに考えられるようになる)
第6段階 再起 (傷ついた心が癒される)
これを読んで、うちの母の場合もほぼ同じプロセスをたどったように思えた。
私の場合、第3段階と第4段階で、かなりのダメージがあり、自分も精神科にかかるのではないかと思うことがしばしばあったし、事実、心療内科にしばらく通ったほどだ。
しかし、「自分ひとりでやれない」ということを認め、「助けてもらってもいいのだ」という気持に切り替えたあとは、なんとか、自分が中心になって、前向きにいい形にしていこうと積極的になれた。
このブログを立ち上げてから、いろいろな人たちの介護の様子を知り、たいへん勉強になったし、自信がついたのも事実だ。
今は、やっと第5段階の入り口に立ったところだけど、まだ、危なっかしいのが本音だ。
先日、月一回の定期訪問に訪れたケアマネさんと、今の介護の現状について話し、現場の話をいろいろと聞いた。
介護保険の見直しのあと、介護認定が厳しくなり、かなり多くの利用者が介護1にふりわけられた。「介護予防」でも、月二回まで、ディサービスは受けられるという建前だが、事業所では、赤字になるため、現実は、月一回の利用となるらしい。
つまり、赤字覚悟で受け入れるところは、ないのに、制度だけが先行してしまったというのが現状らしい。
ケアマネさんひとりの担当の人数の制限もあり、それをひとりでも越えて担当すると、収入が減るため、現実ではできない。しかし、今でも、ケアマネさん不足なのに、たとえば、ひとりやめる方があると、その人の担当の分をどうするか。それは、制度上まったく考慮していない。
そうすると、「ケアマネ難民」ということが今、現場では発生していて、問題になっているという。
ケアマネさんの仕事にしても、書類が煩雑で大変だ。確かに、担当数をきめることで、ケアが行き届くという考えも正しい。しかし、問題は、ケアマネさんの数が足りない現状をまったく考えていないということだ。
また、「介護予防」のケアプランも、決して、事務量が減るというのではないのに、報酬が半分以下ということで、現実には、引き受ける人がないのだ。
先日、NHKで、こうした中で、利用者と家族が役所に自分でケアプラン立てるので、いろいろと教えてもらっていた場面があったが、あの書類と手間の多さには、閉口した。私でも、よほど、体力と暇がなければ、やれない。これを利用者が自分でやれるのだろうか。
なんだが、予算の削減ばかり先行して、介護保険はなんのためにあるのか、だれのための介護保険か、まるで、人を物のように扱っているなと思った。
『記憶がウソをつく』養老孟司著を参照
「型が決まると記憶もキマる。たとえば、所作、振る舞いなど。身体に染み込んだ習慣や癖は忘れない。」
このことは、特に母が年をとるにつれ、強く感じる。母を見ていると、我々の生活のルールはなかなか覚えられない。洗濯物を出すという行為だけでも、母は、昔のままの自分の習慣を貫いているように思う。たとえば、何日おきに下着を取り替えるかとか、ほかの服にしてもそうだ。はじめのうちは、私もこちらに合わせて、いろいろと言ってたが、もうあきらめた。そのかわり、何日着ているか忘れていることが多いので、それは、こちらで注意している。「できないこと」というのが、あるのだとこちらが受け入れないと、いけない場合もあるのだと思った。
「五感のうち、視覚、聴覚、触覚は、言語を構成できるが、味覚と臭覚は、言語を構成できない。」
「触覚は、点字が作れる。聴覚は、耳から情報を音声の言語を構成できる。視覚は、目からの情報を文字の言語を構成できる。」
「目は、はっきりしていて、論証がいらなくて、一目でわかる。一目瞭然、説明がいらない。耳は、もう少し深いところで人を動かす。耳は、雑音を消す仕組みをもっている。」
つまり、目から入る情報は、そのままストレートに脳に入るが、耳から情報は、自分で選択して、一部カットして脳に入るという点が違うのだという。
だから、耳の悪い母には、ホワイトボードで複雑で大事な話は説明したりすることにしている。そうすると、耳からだけだと、10回同じ言葉を言っても、まだ理解できないのに、ホワイトボードを兼用すると、二回ぐらいで理解できてしまう。記憶力の低下で、たとえば、薬の服用についても、慣れるまで、色ちがいのホワイトボートに「食前にA薬をのむ」というように示して、置いておくと、間違いがほとんどなかった。
これらのことも、この本に書かれてある脳の仕組みに関係していたのだとあらためて知った。
介護をする側が一番たいへんなのは、やはり、なかなかこちらの言うことが理解してもらえないことと、すぐに忘れてしまうこと。もちろん、ケース・バイ・ケースだが、試してみる価値はあると思った。
それから、耳からの情報は、人の心の深いところに記憶を残すらしく、なつかしい曲を聞くと、記憶が再生されるのは、そのためらしい。だから、音楽療法というのは、確かに理にかなった方法なのだ。
うちに来る看護士さんたちは、どこでも、なるべく、患者さんとは、歌をうたうようにしているという話を聞いたことがある。なるほどだと思った。
『記憶がウソをつく』養老孟司著を参照
この本を読んですごく考え方が変わったのは、脳というものは、ほんとに私たちの想像以上だということだ。
私の母の病気も、脳の神経伝達物質がうまく機能しないために起こる病気だが、まだまだ脳の仕組みというのは、わからない点が多い。
たとえば、この本の中でも、「断片をつないで物語にしないと記憶できない」ということや、「記憶は、すりかえられる」、「目に焼きついた記憶は消えないな」どということについては、いろいろと考えさせられた。
私などは、自分が他の人とかわらない記憶力はまだ持っていると自負している。しかし、いわれてみると、小さい時の記憶というのは、いくつかのシーンが頭に残っていて、いつの間にか、それらをうまくつないで、「思い出」という形で記憶しているように思う。
何年か前に、小学校にあがったころの思い出を文章にしてみたが、自分でも、うまく物語にして書いたなと思った。しかし、よく考えると、真実も入っているが、ところどころは、創作だったのだ。
「目に焼きついた記憶」というのは、私にもいくつかある。恐ろしかったり、悲しかったりした記憶のほうが、今でも、はっきりとその情景が目に浮かぶ。
「記憶は、とにかく、情動によって強化される」という。つまり、嬉しい、楽しい、悲しい、恐ろしいという感情のことだが、特に、強烈なのは、恐ろしい、悲しいという感情らしい。それらの感情が伴う記憶は、目に焼きつくという。
普通、記憶障害というのは、時間とか、場所とか、やるべきこととか、そういう日常的なことが、覚えれなくて、すぐに忘れることをいうが、この本を読んでいくうちに、記憶というのは、もっと深いものだと認識しなければいけないと思った。
母の場合も、記憶がすぽっとぬける落ちている場合があるが、医師がいわれたように「関心が薄いから」というのは、正しい。心に残ることや、情動からくる記憶は、意外と覚えているのではないだろうか。
たとえ、「いついつ、どこで、なにがあった」という部分がはっきりしてなくても、「楽しかった」「嬉しかった」「怖かった」「悲しかった」という漠然としたものは、残っているかもしれない。
だから、母も看護士さんとは、細かいことは、忘れていても、「楽しかった」という記憶があるので、来るとにこにこする。
それから、「脳はかわっている」ということを忘れてはいけないということも書かれてあった。
そう言われてみると、今の私は、母のことで振り回されているが、あと何年かしたら、自分も同じことをしているかもしれないのだ。たとえば、動作がのろのろとしているのをみて、今の自分は、ついていけないなと思っているが、あと何年がしたら、そうは思わなくなるかもしれない。
本にも、書かれているが、一番の間違えは、「まわりが変化している」と思い込んでいることで、本当は、自分の脳が変わっているということに気づかないということらしい。
思いやりという言葉があるが、こうしてみると、自分も、「いつか同じ状態になるのだ」と思っていれば、自然と思いやりは、生まれるような気がした。