低空飛行で生きる

 「ぜんかれん」5月号に精神医蟻塚亮二さんの記事がある。うつ病と統合失調症の治療と回復について、これから毎月連載がはじまるとのこと。
 第一回目は、「低空飛行で生きる」であった。
 ちょうど、母の病状がうつ状態に入り、わかっていても、なにもしないで寝てばかりでは、ますます足腰が弱り、歩けなくなるのではと心配していたところだった。とはいえ、あまり毎日「がんばって歩こうね」と説得するのも、ほんとに本人のためになるのか、疑問に思っていた。
 家族というのは、どうしても、「いまよりも、よくなってほしい」と願うもので、それは決して悪いことではないが、反面、大切なことも見落としてしまいがちだ。
 この記事を読んで、私は「背伸びしないで低空飛行の生活に切り替えることが治る条件だ」という言葉にはっとした。先生は、患者に「生きるってえのは低空飛行でいいんだよ」と言っているそうだ。生きることに関して一番大切なのは、「なんのために生きるか」とか「どう生きるか」にあるのではなく、「生きるというそのもの」にほかならないというのです。
 特にいつも「べきであるべきだ」という「べき人間」からいかに脱出するかが大事ということだった。といって、目の前の問題から逃げるということではない。それらの問題に向かいながら、低空飛行でいけばいいのだ。
 考えてみれば、母の一番ひどい状態の時からすれば、今はまるで奇跡のような回復ぶりをしているのに、私は、ほかの年寄りと比べてしまっていた。私も「べき人間」になっていたのだなと気づいた。
 低空飛行って、大量の燃料を使って、ジェット機のように速く高くは飛べないけれど、その分墜落も少ないとのこと。先生は、患者さんだけでなく、この生き方が心の病を予防する方法だという。私も、これからは、低空飛行でいこう。

庭のホタルブクロです
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参考になった本から

 PHPエル新書の「大切な人が心の病気にかかったら」(レベッカ・ウーリス 酒井泰介訳)は、アメリカ人の書いた本ですが、対処方法がとても具体的で参考になりました。
 特に、母の病状が最悪のとき、毎日どう対処したらいいのかわからず、不安の日々をすごしていたときに、患者と自分たち家族の関係について、気持ちの整理が出来、とても役立ちました。一部日本の精神医療の現場の事情とは、かみあわない部分がありますが、「愛情をこめて距離をおく」という言葉が一番印象に残ってます。
 幻覚や妄想への応じ方で特に注意すべきなのは、次の二つ。第一は、彼らが耳にし、目にし、嗅ぎ、感じ、信じていることは、私たちが知覚できなくても、彼らにとっては確かな事実ということを忘れないこと。そうした経験を見くびったり、バカにしたりすると、信用を失うだけのこと。
 第二は、とても快く楽しいことから恐ろしいことまで、幻想や妄想には様々な感情が伴うので病人が誤って信じ込んでいることや妄想の内容そのものよりも、相手の感情的状態に応じてやることの方が重要だということ。だから、そんなことはないのだと議論するよりもどうすれば安心できるかと聞いてあげることが大切。
 それまでは、母の幻聴や妄想については、否定して、ただ議論みたいな言い方や説得をしていました。しかし、母が「だれかが私の悪口を言っている」といったときに、この本を読んでからは、「大丈夫。いっしょに言い返してあげるからね」と母の味方につくようにしたところ、だんだん安心して、そういう妄想が少なくなったことがあります。
 いまでも、「風呂に入るなといわれた」と母が言えば、「今日は、むりしないでいいよ。聞こえてこないときに入ったらいいから」というと、その次の日からは、あまり同じ幻聴がおこりません。
 幻聴も、心のなかの「不安」から作り出されているのではないかなと思います。
 こちらの価値観で見ていては、ぶつかりあうだけで、かえって、事態を悪くするというのは、実践してみてわかったことでした。
 ですから、今ディサービスに通ってますが、もしなにか否定的な幻聴が聞こえたら、迷わず、休ませるという心づもりでいます。むりに通わせて、病気が悪化したら、元も子もありせんから。 
 
 

「ぜんかれん」を知る

 私は、統合失調症についてのさまざまな本をよんだり、そういう関連の雑誌を求めたりした。そのなかで、全国精神障害者家族会の存在を知る。
 いちばん、自宅から近いところの家族会の連絡先に電話して、一度会合に出席した。
 しかし、やはり、子供が統合失調症の方ばかりの中で、どうしても、母のことを気兼ねなく話すことはできなかった。当時、母はまだ入院中で、いろいろと扱いで苦慮していたからだ。
 ただ、その会合で、「ぜんかれん」誌を渡しされ、中を読んでみると、まさに私が知りたいことが書かれてあったので、さっそく購読した。また、そこが出版したたくさんの本も読んだ。
 おかげで、私はそこからたくさんのヒントを得て、なんとか手探りながら、やってこれたのだと思う。
 「ぜんかれん」誌には、患者が自ら、体験を語る投稿も多い。それが、なにも語らない母の心を知る手かがりを与えてくれた。
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精神障害者ホームヘルパーを介護保険でも

 先日、全国精神障害者家族会発行の月刊誌「ぜんかれん」に、ある精神障害者ホームヘルパーの手記があった。この方は、「ヘルパーが手や口を出しすぎて、自立を妨げないように、できるだけ本人の自己決定を尊重するように」心がけているという。ご自分も、統合失調症という立場で、経験を生かしてのヘルプの仕方に、これこそ我が家に必要なヘルパーなのだと思った。
 今、我が家に去年7月から来てもらっているヘルパーは、介護ヘルパーなのだが、母の病気について、いくら説明しても理解が得られなかった。たとえば、母の場合、なにもやる気が起きなくなり、マイナス思考になるときがあるが、そのときでも、なるべくいろいろと話をして、気分を変えさせて、いっしょにできることはやらせることが、本人のためなのである。それを「かわいそうだ」といって、すべてヘルプしてしまう。私は、その都度、これではかえって症状が悪くなると言っても、理解されない。
 先月、もうひとりの1級ヘルパーの人に入ってもらい、その接し方のあまりにも違うことに、毎回驚かされた。1級ヘルパーは、病気を理解し、根気づよく、母の気分をほぐして、うまく対応してくれている。
 介護保険でも、できれば、母のような精神障害者の場合は、それに対応できるヘルパーの利用ができるようにしてもらえれば、家族の負担が軽減されるのにと思った。