28日は、精神科の受診日なので、母といっしょに病院へ行った。
主治医には、この一ヶ月の様子を伝えた。禁断症状のことも。
先生は、「手の指を広げて、見せてください」といった。母の手は、すこし振るえがあった。
「リスパダールという薬は、ふつうあまり副作用がないほうなのですし、振るえをとめるタスモリンも服用しているので、個人差でしょうかね」
私は、禁断症状のひどいころよりは、ずっとよくなっていますと言った。先生は、尚「0.5mg減らしただけで」と少し納得できない様子でもあった。
母の場合は、高齢者ということもあるのではないかと思った。一般的には、こんなに禁断症状は出ないのかもしれない。
とはいえ、「意識のほうは、前よりもよくなっています」というと、それでは、このまま続けましょうということになった。
母のほうは、相変わらず、毎日頭を下げた姿勢のままでいる。歩くときも、バランスがわるい。
とはいえ、私とは、いろいろな体操がちゃんと出来ている。これが、不思議で仕方ない。
前に、ケアマネさんが、母のような手足の動きは、パーキンソン病にも似ているとぃってたが、家庭の医学の本をよむと、母のように出来たり出来なかったりは、ないのではないかと思った。
また、タスモリンという薬は、パーキンソン病にも処方される。精神薬の副作用として、振るえが出るからだ。
母がはじめてリスパダールを飲んでから、二年ぐらいたった。そのころと今とでは、統合失調症そのものは、よくなっている。ただ、手足の動きは、やはり、緩慢だ。だから、間違いなく精神薬の影響と思う。
また、あのころよりも、内科で糖尿病の薬や水虫の内服薬も飲んでいる。そういうものの影響がなくはない。
最近、どうも、訪問看護のほうとは、前任者のようにコミュニケーションがとれていない感じがする。母は、正直で、そういうときは、訪問日も覚えていない。同じ日のヘルパーさんのことは、しっかり覚えている。それで、両者の関係がわかる。
ディサービスは、楽しそうに語るので、安心している。
私も、当分、母とは、体操を欠かせない。
母の精神薬を減量してから、二週間ぐらいは、禁断症状が続いた。
ちょうど、薬が切れる時間帯になると、落ち着かなくなり、手のふるえ、舌のなめずり、意識の低下がみられた。
また、運動神経のほうも、逆に動きが悪くなったりした。
先週の訪問看護の際も、看護士さんと、いつものようにコミニュティセンターの図書室にいけず、近くを歩いただけだった。
ちょうど、二週間目にさしかかったころから、朝、まず、足音が静かになった。
廊下を叩きつけるような足音ではなくなり、普通に歩けるようになった。足の動きが少しスムーズになった。それから、禁断症状がなくなり、薬の切れる時間帯も、いつもどおり落ち着いてきた。
また、こちらの話かけに対して、前よりも、返事が早くなった。
「ああ、耳が遠いだけじゃなかったんだ」とはじめて知った。同じことを何べんも話さないと「わからない」というのは、耳が遠いだけでなく、頭が理解できないからだ。
精神薬というのは、興奮をおさえるが、同時に頭の回転も遅くする。
言葉の理解には、頭の回転が早くないと、なにをいってもなかなか理解できないのだ。
今回のことで、日頃の母の様々な行動が精神薬の影響下にあることがよくわかった。
年をとって、少しにぶくなったりは、しているが、母の場合、認知障害があったら、まず、精神薬を疑ったほうがいいとわかった。
ただ、依然と幻聴もあり、減量中は、ときどき、幻聴による妄想もあった。今は、安定したので、もうなくなったが、「薬は必要だな」とも感じた。
4月30日は、精神科の診察日。母に付き添って通院した。
「このところ、五感が鈍くなってきています。特に、近くで呼びかけても、ふりむかないし、肩をたたいても、一回ぐらいでは気がつかない時が多くなっています。相変わらず、足のほうは、動きがわるく、廊下を歩くのも大きな音を立てて、バタンバタンと歩いています」
このところ、母は、曜日もわからなくなっている。ディサービスへ行く日は、けっして間違わないのに、それも、おかしくなってきた。
いっしょに、風呂に入るときに、脱衣の介助をしていて、やはり足がこわばっているようだなと感じた。副作用で、いつも、舌のなめずりをしていたり。
それらを聞いて、先生のほうから、
「もう、そろそろ薬を減量しないとだめですね。少しずつ減量しないと、反動がでますから(禁断症状)、まず、朝だけ半分の量にしましょうか」
「そうですね。夜は、落ち着いて寝られるほうがいいので、昼間の動きをよくするほうがいいと思います」
そこで、朝のリスパダール1mg1錠を、0.5mg1錠に変更した。ほかの薬は、いままでのままで。これで、一ヶ月様子をみることに。
薬の減量を4日経過した。
足の動きは、前よりもスムーズになりつつあるが、まだ、朝は、まだにぶい。
ただ、日中は、表情がすこし生き生きしてきた。
まだ、薬の量に体が適応中なのか、複雑なことを言ったりすると「頭が回転していないから、わからない」という。
たとえば、電子レンジの操作を忘れたので、何度も、いっしょに操作しながら、教えたが、「頭が覚えてくれない」とのことで、だめだった。
また、夜は、薬を飲む前は、禁断症状なのか、舌のなめずりがはげしい。
新しい薬の量に慣れるまで、もう少し時間がかかりそうだ。
ただ、精神のほうは、安定しているので、よかった。
26日、夫の甥の結婚式が長岡で行われた。
私たち夫婦は、朝早くに起きて、東京から新幹線に乗って会場に向かった。
夫の妹も、同じ日に東京駅で私たちと合流して、同じ新幹線に乗った。
26日は、さすがにゴールデンウィークの初日なので、東京駅は混雑していた。幸い、長野でなくて、ほっとした。
式は、教会式で、私にとっては、初体験なので、興味深かった。
花嫁さんとは、まったく面識がなかったので、当日はじめてお会いするのだが、私からすると今風のギャルという感じ。元気なのがよかった。新郎のほうが、性格がおとなしいので、ちょうどいいかもしれない。
私も、友人の結婚式以外は、出たことがなく、親戚ははじめてなので、やはりこの年になると、感じ方がかわるものだなと思った。
去年は、義父の葬式に出席して、「年をとること」や「死」について考えたが、今回は、「人生」というものについて再度考える機会を得たような感じがする。
「結婚式」は、女性にとっては、「幸せの切符」をもらったような華やかなイメージがある。この先は、ばら色に見えてくる。
しかし、なにごともない結婚生活はないもので、私たちの場合も、母との同居などからすっかり生活が変わった。
これを「不幸」とは、思ってはいないが、やはり「しんどい」ものだ。夫がいなければ、どうなっていたか知れない。
パートナーという意味の重みというのは、「結婚式」の時点では、わからないものなんだなと、若いふたりを見て、そう感じた。
逆に、私たちも、「出発点」を思いおこし、がんばろうという気持になれたのは、若いふたりからの贈り物かもしれない。
母は、めずらしく、なにごともなく、留守番をしていた。ただ、どうも、電子レンジの扱い方を忘れたらしく、お弁当の容器がちょっと熱で変形していた。
結婚式へ出席することは、理解できていたらしいし、ちゃんと、夜帰宅したときは、玄関灯もついていて、リビングのシャッターもおろされ、スリッパもきちんと並べてあった。
うちは、2006年の6月から介護保険を利用している。
もうすぐ3年になるので、少し振り返って、まとめてみた。
{介護保険の利用前}
*一日中、ほとんど部屋に閉じこもり、20時間は寝ていた。食事とトイレ、風呂以外は、活動していない。
*妄想、ひとりごとなど毎日あり、昼も夜も続いていた。特に、夜は家族も安眠できない状態だった。精神薬は、飲んでいても、落ち着かないことが多かった。
*部屋に入ると、「物をとった。勝手に捨てた」と疑うので、掃除もできなかった。また、暴飲(ジュースなど)暴食(間食)がひどかった。
*精神科の薬の副作用で、手足のふるえがひどく、歩くのも困難だった。また、糖尿なのに、内科に通おうとはせず、医師を信頼していなかった。
*入浴も、なかなかしなかった。洗濯物も出さないので、出すように言ったが、聞かない。着替えるようにいうと「誰かが服を盗んだので、着る物がない」と言っていた。
*たまに、バスにのって、買物にいく(年に数回)ことや、美容院にいくことはあった。
{利用後}
*はじめの年は、ほとんど部屋に閉じこもっていた。そのうち、床ずれができた。しかし、ヘルパーや訪問看護などに対して、心を開くようになり、表情が出てきた。
*二年目になり、ディサービスへ通うようになってから、寝てばかりの生活ではなくなり、日中も、部屋で坐っていたりできるようになる。
*人の話が聞いていられるようになる。以前は、数分も聞いていられなかったのに、だんだんと聞いていられる時間がのびる。また、返事もするようになる。感想も言えるようになる。
*看護士への信頼関係から医者にかかれるようになり、内科へ通うようになる。疑ったり、嫌がったりしなくなる。精神科の薬が変わったことも影響しているが、それに加えて、人間不信がなくなったこともある。
*部屋に入って掃除しても、なにも文句はいわなくなる。妄想もなくなる。
*顔に表情が出る。怒らなくなる。ただ、少し五感がにぶくなる。電気毛布の温度調節ができなくなる。
*歩行も、意識しないので、歩き方が変になる。バスには、乗らなくなる。通院も、タクシーを利用する。
*入浴は、最近になり、毎日入るようになる。但し、入浴時間が長いことや、脱衣に時間がかかりすぎるので、介助が必要。
*幻聴はあるものの、あまり大声は出さなくなる。また、夜はしっかり寝ていられるようになる。
介護保険の助けがなければ、確かに今頃はもっとひどくなっていたのは、間違いないと思う。
特に、精神病は、薬だけでは十分な効果は得られない。人によるケアが大切だと思う。
ただ、今の制度は、精神介護の面では対応が遅れている。
もう少し、病気にあった介護ができるような柔軟な制度にしなければ、介護度を下げることは出来ないのではと思う。
母の場合、精神病のほうは、ケアのおかげで、たいへんよくなっている。ただ、ヘルパーにしても、もっと効果があがる対応ができるのに、制限されて使えないのが現状だ。